「赤羽根大師の大エノキ」は、世界農業遺産に認定された傾斜地農業でも売り出し中の「巨樹王国」、つるぎ町一宇地区にある国の天然記念物。こんな話が伝わる

 その昔、貧しく、人の老け込むのも早かったころ。「父母といえど60歳になれば山へ捨てよ」とのおきてがあった。親孝行な若者がいて、どうしても老母を見捨てられない。それを知った代官は言い放つ。「不届き千万。許してほしくば、赤い羽の鳥を捕まえてこい」

 村人総出で探しても赤い鳥は見つからなかった。約束の日、すべもなく、願い事を一つだけかなえてくれるというエノキの大師に祈った。願いが届いたか、鳥が舞い降りて来たのだが…。「白い鳥ではないのです、お大師さま」

 日が傾きかけたころ、代官はやってきた。万事休す。皆がそう思いかけた時、枝を見上げると真っ赤な鳥が止まっていた。代官は喜び、これを境に、うば捨てのおきても廃止された

 大エノキの幹回りは8・7メートル。枝張りは東西18メートル、南北16メートルの日本一のたたずまい。代官も夕日のいたずらと分かっていたのでは。そんな気もする民話だが、800歳の生き証人ならご存じか

 白山神社のモミ、桑平のトチなど、地区にある巨樹を数えればきりがない。ガスに覆われた森の中、水滴を浴び、すっくと立つ巨人を思う。長雨の季節が来た。