1854年の安政南海地震の被害と教訓を伝える国登録記念物「沖洲蛭子神社百度石」=徳島市南沖洲1

 南海地震にたびたび襲われてきた徳島県の沿岸部には、数多くの地震・津波碑が残っている。そのうち「沖洲蛭子(えびす)神社百度石」(徳島市南沖洲1)は、1854年の安政南海地震の被害と教訓を今に伝える貴重な文化遺産だ。

 高さ約120センチ、幅と奥行きは30センチほどの石碑で、表面に大きく「百度石」の3文字を刻む。裏面の碑文は判読できないが、説明板には「大地震が発生、人々はうろたえて竹やぶの中へ逃げ込んだ」「やがて津波が来ると騒ぐ声に驚き、舟で逃げようとしたが津波により舟が転覆して命を失う者もいた」などとあり、地震発生時の混乱ぶりを生々しく伝えている。

 碑は沖洲小学校近くの沖洲蛭子神社の境内にあり、病気快癒などの願を掛けて往復する「お百度参り」の標柱となっている。参拝者が目にする機会の多い百度石に刻むことで、地震の教訓を忘れることなく語り継いでいこう、と願ったのだろう。地震から7年後の文久元(1861)年に建てられた。

 2017年に地震・津波碑としては全国で初めての「国登録記念物」になった県内19基の南海地震碑の一つである。

〈2021・6・8〉