平家討伐に向かう源義経が気勢を上げたとされ、史跡や伝承が数多く残る小松島市芝生地区。義経ゆかりの地を結ぶ約10キロは「義経ドリームロード」として市がPRし、案内板や標識があちこちにある。県指定史跡の横穴式古墳もある地区は、国道55号に接した立地の良さから名の知れた歯科技工会社など事業所も多い。歴史のロマンから現代技工の先端まで、多彩な魅力に満ちている。

 

弁慶の岩屋 山腹に巨石積む古墳

 芝生町南部の山腹にある花谷霊園の中に、長さ1・5メートルを超える大きな石材を何個も積んで組まれた横穴式古墳がある。昭和期に地元住民の間で「怪力で知られる武蔵坊弁慶が造ったのでは」との冗談が広まり「弁慶の岩屋」と名付けられたとされる。

7世紀に築かれたとされる横穴式古墳「弁慶の岩屋」

 築造時期は7世紀の古墳時代終末期が有力。石室が全長10メートルと大きく、周辺地域を治めていた首長が埋葬されたと推定されている。1953年に県指定史跡となった。

 石室を土で覆う墳丘が流失しているため、内部の構造がよく分かる。石室を360度から眺めることができ、歴史や考古学の愛好家らが頻繁に訪れる。

 徳島バス立江線の芝生停留所から徒歩5分の位置にあり、霊園内は道が舗装されて歩きやすい。県立博物館の植地岳彦学芸員(51)は「小松島を代表する古墳で、特徴的な愛称と見学しやすい立地が人気の理由。昔の人がどうやって大きな岩を山腹まで運んだのか、現物を見ながら想像するのが面白い」と言う。

 維持管理は市教育委員会が担い、状態を定期的に確認するなどしている。問い合わせは市教委生涯学習課、電話0885(32)2700。

 

義経騎馬像 日本一の大きさ誇る 

 1185年、一ノ谷の合戦に敗れて屋島(高松市)に逃れた平家を追うため、源義経は軍を率いて大阪から船で紀伊水道を渡り、小松島に上陸した。到着後、戦の前に軍の士気を高めようと、義経は小山の山頂に源氏の白旗を掲げたとされる。芝生町にあるその小山は通称「旗山」と呼ばれ、義経をかたどった騎馬像が鎮座している。

源義経をかたどった日本最大の騎馬像

 高さ6・7メートル、幅4・4メートル、奥行き2・15メートル、重量5・5トン。国内の騎馬像としては日本一の大きさを誇る銅像で、近くから見ると重厚な義経のたたずまいに圧倒される。

 市出身の尾崎俊二さん(1997年没)が制作費4300万円を市に寄付して91年に建立した。像の台座にはタイムカプセルが埋設されており、「50年後の未来の市民へ」と題して完成当時の小中学生が書いたメッセージが保管されている。

 騎馬像を地域活性化に生かそうと、88年から地元の芝田婦人会が義経ゆかりの史跡を巡るイベント「義経夢想祭オリエンテーリング」を毎年2月に開いている。義経や武蔵坊弁慶の衣装を来た地元住民らが、旗山をはじめとして義経が行軍した山道「弦巻(つるまき)坂」などを歩く。

 婦人会の小川洋子会長(78)は「歴史が好きな県外客が騎馬像を見ようと訪れてくれる。これからも義経と関わりの深い地域として、芝生町をPRしていきたい」と意気込んでいる。

 

市環境衛生センター 金属類を手作業で分別 

 芝生町の田園地帯に、長い煙突が特徴の白い建物がそびえ立つ。年間約1万4千トンのごみを市内全域から集める処理場「市環境衛生センター」だ。焼却や再資源化を担う。

手作業でアルミ缶などの金属を分別する職員=小松島市環境衛生センター

 9712平方メートルの敷地に、1日最大35トン処理できる焼却炉2基や管理棟、洗車場などを備える。9台の収集車が稼働しており、大量のごみがセンターに運び込まれる。

 可燃ごみ以外のプラスチックなどはリサイクル業者に回す。特に金属と瓶は職員が手作業で分別してから業者に引き渡す。金属類を保管する倉庫では、10人ほどの職員が山積みになったアルミ缶やスチール缶、鉄製品などを一つ一つ仕分けている。

 舩越達也所長は「自動で分別する機械は導入費用が高く、現在は全て手作業。できるだけごみを無くそうと職員一丸となって取り組んでいる」と話す。

 回収したごみの中には、ガス抜きしていないスプレー缶や農薬を入れたままの瓶などがまれにあり、火災や健康被害の原因となる恐れがある。「安全にごみを処理するためには市民の協力が不可欠だ」と舩越所長は呼び掛ける。

 センターは本年度から家庭用生ごみ分解容器「キエーロ」の普及に乗り出すなど、排出抑制にも取り組み始めた。2033年までに市民1人当たりのごみ排出量を11%減らす目標を掲げており、環境に優しい政策の実現に力を注ぐ。

 

 歯科技工会社「シケン」 入れ歯製作、国内外へ

 入れ歯や差し歯、インプラント(人工歯根)などを製造する歯科技工会社「シケン」。全国で使われている入れ歯の2・5%が同社製とされており、芝生町を代表する企業の一つだ。

入れ歯を製作する技工士

 全国に7カ所の製造拠点を置く。そのうちの一つが本社屋に併設する技工所で、入れ歯、マウスガード、矯正器具などを約80人の技工士が作っている。

 口腔内の形は人によってさまざま。歯科医院からの注文書を基に全て手作業で製作する。部分入れ歯を作る場合は、かみ合わせを良くするため人工歯1本1本の並びを細かく変えたり、固定する金具の形を調整したりして修正を繰り返す。本社技工所では月約5000個の入れ歯が全国に納品されている。

 1975年に小松島市南小松島町で創業し、92年から現在地に本社を移した。徳島大の卒業生を積極的に採用するなど地元雇用に力を入れる。2019年には愛知県半田市にあった歯科材料を販売する関連会社「クエスト」を、芝生町に新社屋を建てて移転させた。

 両社の代表を務める島隆寛社長(45)は「地域に貢献できる会社であり続ける。中学生の職場体験受け入れや企業見学会を開いており、歯科技工を知ってもらう機会を増やしたい」と話す。

 両社の販売先は全国だけでなく、米国など海外15カ国にも広がっている。芝生町発、世界を代表する歯科技工メーカーを目指して挑戦を続ける。