徳島に貢献した団体や個人を顕彰する徳島新聞賞。第57回目の今回は、大賞に徳島ヴォルティス、奨励賞にNPO法人クレエール、特別賞にNPO法人とくしまコウノトリ基金が選ばれた。新型コロナウイルスの影響で社会全体に閉塞感が漂う中、古里に活力を与えたそれぞれの活動や思いを紹介する。

【大賞】徳島ヴォルティス J2初V、J1復帰

J2初優勝を果たし、シャーレを掲げる岩尾主将(中央)ら徳島の選手たち=2020年12月20日、福岡市のベスト電器スタジアム

 新型コロナウイルスの影響で約4カ月中断し、再開後は12月末までの半年間に41試合が詰め込まれたサッカーJ2の2020年シーズン。中2、3日の5連戦が6回も組まれる過密日程にもくじけず、クラブ創設16年目の徳島ヴォルティスが四国勢初の優勝を果たし、7年ぶりのJ1復帰という悲願を成就させた。

 最終成績は25勝9分け8敗の勝ち点84。数字は2位福岡と全く同じながら、総得点67(リーグ2位)から総失点33(同2位)を引いた得失点差プラス34は福岡の22を大きく上回った。

 17年から指揮を執ったスペイン人のロドリゲス監督が志向する「ポゼッションサッカー」は、各自が適切な立ち位置を取ってボールを長い時間保持し優勢を保つ。前線からプレスをかけ、高い位置でボールを奪って一気にゴールを陥れる形と、後方から丁寧につないで相手守備のずれを生み出す形を使い分ける戦術の浸透度は高く、一度も連敗のない安定した戦いぶりだった。

 過密日程で試合が進む中、心身の強さやチームの団結力が試された。8月8日のホーム長崎戦の直前に選手1人の新型コロナ陽性が判明。一時は開催も危ぶまれ、チームは事前練習ができないまま臨んだ試合でライバルを打ち破った。昇格争いも大詰めを迎えた11月下旬にはロドリゲス監督の浦和への移籍報道が出たが、選手たちは雑音に耳をふさぎ、目標達成へ心を一つに戦い抜いた。

 チームをまとめる岩尾憲主将は中断期間中に「命をベースに考えるとサッカーはあくまで娯楽品」と自分たちの存在意義を問い直し、再開後はプレーできる場が与えられた喜びを表現した。

 12月16日のホーム大宮戦、控室の壁には県内の医療従事者から送られたメッセージボードが張られていた。「元気をもらっている」。数々の笑顔の写真が並ぶボードを見た岩尾主将は「泣きそうになった」と明かす。コロナ下で戦う意味を形にしてくれたことへの感謝を込めてプレーし、数時間後に昇格を決めた。

 暗いムードが漂う中、困難なリーグ戦に臨み、勝利を重ねる選手たちの姿が県民に勇気と希望をもたらした。新たにスペイン人のポヤトス監督を迎え、2度目のJ1で戦う今季もコロナに翻弄されながら果敢なチャレンジを続けている。

 J1復帰を果たし、今回の受賞に至ったことを岸田一宏社長は「誇りに思う」と語り、「カテゴリーに関係なく、地域に根差し、地域を盛り上げるというJクラブの使命に変わりはないが、やはりJ1にいる方が貢献度が高くなる。そのためにもJ1に定着したい」。今季のスローガンに「壱(ワン)」を掲げ、関わる全ての人々と心を一つに戦い続ける。

 徳島ヴォルティス 1955年に創設された大塚製薬サッカー部を前身とし、2005年からJ2に参戦。11年に4位と躍進した後、13年にも4位に入り、J1昇格プレーオフ(PO)を制して初のJ1参戦を決めた。1年で降格し再びJ2で戦う中、ロドリゲス前監督体制3年目の19年にリーグ戦4位でPO決勝まで進んだものの、J1の16位と引き分けて再昇格を逃した。クラブはトップチームの強化だけでなく、下部組織の中高生の育成や県内各地への巡回指導にも力を注ぎ、近年は県内自治体と協働して住民の健康づくりメニューを提供するなどの地域貢献活動にも尽力している。

【奨励賞】NPO法人クレエール 子ども食堂で世代超え交流

子ども食堂のイベントで学生ボランティアと工作を楽しむ子どもたち=2月、徳島市の万代中央埠頭

 徳島市のNPO法人クレエールは、副理事長の喜多條雅子さん(57)が障害者の働く場をつくろうと2008年3月に設立した。その3カ月後、県庁前の空き店舗にレストランを開店。たった2個の注文から主力の弁当販売が始まった。

 ヤマト福祉財団(東京)の指導で製造工程を効率化。会社経営者の原田昭仁理事長(60)がメンバーに加わり、原価管理など運営面を改善した。官公庁や企業への営業で注文を増やし、今では1日300個を数えるようになった。

 レストランは県庁前の店舗から昭和町のテナントを経て、20年6月に新町川沿いの万代中央埠頭に移転した。ステージや遊び場も備える広々とした貸倉庫の店内で、障害者と職員の15人ずつが調理や配達、接客などに励んでいる。

 19年度の県内の障害者就労支援施設の1人当たり平均工賃は2万2147円で、2年連続全国1位。クレエールはその倍以上の5万5834円に上る。

 活動を支えているのは、コメや野菜、浄財にボランティアなどさまざまな形で寄せられる県民や企業からの寄付だ。その恩返しをしようと、18年7月に県内初となる常設型の子ども食堂を始めた。毎月第4土曜はイベントも開き、世代を超えた交流が生まれている。

 子ども食堂に来られない家庭を支援するため、20年10月には弁当や野菜を子育て家庭に月1回届ける「こども宅食」も開始。新型コロナウイルスの影響で収入が減ったひとり親家庭などから依頼が相次ぎ、大きな反響を呼んでいる。

原田昭仁理事表インタビュー 地域からの孤立防ぐ

原田昭仁理事表

―受賞の感想は。

 表彰されると多くの人に活動を知ってもらえる。応援してくれる人が増え、支援の輪がさらに広がる。まだまだ課題はたくさんあるので、後押しをしてもらえてありがたい。

―コロナ禍で厳しい状況に置かれた人への支援活動が注目された。

 昨年10月に始めた「こども宅食」は、半年で延べ1112戸の子育て家庭に弁当を届けた。大半がひとり親で、コロナの影響で収入が減って余裕をなくしている人も多い。ただ食事を届けるだけでなく、困った様子がないかを見守りながら地域から孤立するのを防ぐのが大事だ。信頼関係を築き、子ども食堂に足を運んでくれるようになった家庭も増えた。私たちを頼り、少しでも気持ちが楽になってもらえればうれしい。

―障害者の就労支援が目的のNPO法人が、なぜ子ども食堂や宅食に取り組むのか。

 多くの人に助けられ、障害のあるメンバーの仕事が安定してきた。今度は地域の役に立ちたいと考え、調理の技術が生かせる子ども食堂を始めた。障害があっても社会に貢献できることを証明するチャレンジだ。生き生きと働く障害者の姿を子どもたちに見てもらい、偏見がなくなればとも願う。多様性を認め合う社会になってほしい。

―今後の展望は。

 子どもたちがおなかを満たし、いろんな人と関わりながら勉強や遊びを楽しめる居場所として、子ども食堂をさらに充実させていきたい。こども宅食を今後も続けるため、1日から(ネット上で寄付を募る)クラウドファンディングを始める。幅広い協力をお願いしたい。

 

【特別賞】NPO法人とくしまコウノトリ基金 安定繁殖へ餌場整備

写真を拡大 コウノトリの餌場となるビオトープを整備するメンバー=鳴門市大麻町大谷

 国の特別天然記念物・コウノトリが鳴門市で巣作りをするようになったのは2015年。レンコン畑や水田に生息する魚、ザリガニ、カエルなどを餌とすることから、豊かな自然が存在している証しといえる。

 NPO法人とくしまコウノトリ基金は安定した繁殖地・生息地を確保し、コウノトリの野生復帰を確かなものにするため、19年に発足した。熊谷幸三理事長は「コウノトリは日本の農業と共に生きてきた鳥。日常的に飛んでいる風景をつくりたい」と空を見上げる。

 コウノトリは1971年に国内の野生種が絶滅した後、兵庫県立コウノトリの郷公園(豊岡市)などが野生復帰に尽力。2007年に四国で初めて鳴門市に飛来した。「鳴門板東ペア」と名付けられた雌雄が産んだ卵は、17年から5年連続でふ化に成功。今年も雌3羽がすくすくと成長している。

 基金は餌場となるビオトープ(生物生息空間)の整備やコウノトリを管理する足環の装着支援、固定カメラなどによる継続観察、餌となる水生生物の調査などを行っている。また地元酒蔵と連携し、餌場の水田で育てた米で日本酒を造って販売。生息地を巡るツアー企画など、地域経済の活性化を目指す活動も進める。

 熊谷理事長は「コウノトリとの共生が地域を元気にすることにつながると信じている」と話し、定着するペアや飛来数の増加を目標に掲げている。