徳島県が2月、東京都渋谷区に開設した情報発信・交流拠点「ターンテーブル」。4月中旬に出張で東京を訪れる機会があったので、ホテルやレストランがある同施設を利用してみることにしました。「徳島の施設であることを前面に打ち出していないが、PR効果が上がるのか」「公費で整備されたのに、県が事業成果の数値目標を示していなかった」など、県内ではネガティブな話題が先行している同施設。食事や宿泊を体験してみると、新たな形で徳島を発信しようという意欲が感じられる一方で、PR手法や成果の検証方法には課題が見られました。

ターンテーブルの外観

 ターンテーブルは、道路拡張工事に伴い2008年度末で閉鎖された県アンテナショップの役割を引き継ぎつつ、県の知名度アップや移住促進という新たな役割も担う施設として渋谷区神泉町にある東急電鉄のビルに整備されました。鉄骨5階建て延べ864平方メートルで、1階に県産品を販売するマルシェ、1、2階に県産食材を使った料理を提供するレストランとカフェ、バル、2~5階に宿泊スペースがあります。整備費は約2億3000万円で、県が公募で選んだDIY工務店(徳島市)が運営。県は東急側に賃料5000万円を毎年支払い、DIY工務店は県に毎年2000万円を納めて、差し引き年間3000万円が県の実質的な負担になります。

ターンテーブルの正面入り口。藍染ののれんが揺れている

 記者が東京を訪れたのは4月19、20日の2日間でした。出発6日前の13日に、まずは宿泊予約のためにパソコンで施設ホームページ(HP)を開きます。HPでは、最下部や、施設に使われている神山町産のスギを切り出した際の様子を紹介する動画の中に小さくアルファベットで「TOKUSHIMA」と表示されている以外は、レストランで出される料理の食材を説明する文章の中に「徳島」「阿波」といった文字が確認できる程度でした。徳島をPRするための施設であることをあえて強調していないといううわさは本当だったようです。

 宿泊スペースには、最上階で最大10人まで泊まれるスイート1室と、シングル8室、男女混合や女性専用、家族用のドミトリー(相部屋)6室があり、計64人が泊まれます。記者はできれば個室に泊まりたかったのですが、19日は既に予約で満室でした。これまで見ず知らずの人と相部屋に泊まった経験がないのでやや不安を感じながら、男女混合ドミトリーに予約を入れました。料金は1泊6000円(税込み)で、徳島県民は1割引きになるそうで、宿泊当日にフロントで身分証(記者の場合は免許証でした。)を見せることで5400円になりました。

ターンテーブルのカフェスペース。壁画には徳島市と渋谷の街並みが描かれている(ターンテーブル提供)

 今回は施設のことを事前に知っていたためHPから直接予約しましたが、参考までに大手ホテル比較サイトでも検索してみました。渋谷区の1万円以下の施設で調べたところ約200軒が表示され、ターンテーブルも入っていました。ターンテーブルで最も安いドミトリーは6000円ですが、近くには3000円台からのカプセルホテルもあります。後日、施設を取材して分かったのですが、単なる安い宿を求める利用者が殺到してしまっては徳島のPRという目的が十分果たせなくなる恐れがあるため、やや高めの料金設定にしているそうです。

 施設2階のレストランは徳島の食材を使った料理を売りにしているということですので、こちらも体験しないわけにはいきません。レストランもHPから予約ができます。19日は既にテーブル席が予約で埋まっており、カウンターのみ空きがあるとのこと。早速、カウンター席を押さえました。HPで紹介されているのは全7品のコースで1人8000円(税込み)。Web予約ではこのコースが基本になるようです。ただ、店では4品5000円のコースも提供されており、Web予約でもコメント欄で希望を伝えれば5000円のコースを選べるそうです。

ターンテーブルのレストラン。テーブルに使われているスギは神山町産だ(ターンテーブル提供)

 今回は取材を兼ねた利用ですので、写真撮影などについて施設側の同意を得ておく必要があります。県を通じて施設側に伝えたところ、すぐに担当者から電話があり「取材は構いませんが、お客さまに快適に過ごしていただくためにレストラン内や料理の撮影はすべてお断りしています」と告げられました。マスコミの取材をあまり受けていないといううわさも本当だったようです。料理を説明するのに写真が使えず、文章だけで表現しなければならないというのは、執筆のハードルが上がってしまいましたが、ひとまず当日を待つのみとなりました。

 4月19日、いよいよターンテーブル宿泊当日です。渋谷駅に到着したのは午後6時半すぎ。周囲はすっかり暗くなり、スクランブル交差点のネオンがまぶしく輝いています。施設までの距離は約1キロ、徒歩12分です。ハチ公前から複合施設「渋谷マークシティ」の中を通り抜けるのが近道とのことですが、最初から道を1本間違えてしまい、パソコンやカメラが詰まった重いスーツケースを引きずって道玄坂の急な坂を上ることになりました。ただ、その後は特に迷うこともなく、おしゃれな飲食店などが並ぶ奥渋谷の通りを経て目指す施設に到着しました。

ターンテーブルのフロント。カウンターの青石や指し物細工は神山町のもの

 チェックインを終えると、施設を運営するDIY工務店社長でプロジェクト責任者の渡辺トオルさんが館内を案内してくれました。フロントのカウンターに使われている青石や指し物細工のほか、バルやレストランのテーブルに使われているスギ板は神山町産であること。壁紙は徳島の阿波藍やスダチ、春ニンジンをイメージした色に塗り分けられていること。バルや2階レストランの手描きの壁画には徳島の街並みや地名、植物が描かれていることなど、施設内が徳島であふれていることが分かります。施設を訪れたお客さんにもこうした説明は行っているそうです。

マルシェには徳島の物産が並ぶ

 バルとカフェを結ぶ通路沿いがマルシェになっており、灰干しわかめや半田そうめん、阿波晩茶、みそやドレッシングなどの商品が並んでいます。販売されている野菜や肉、魚などは毎週2回、徳島から取り寄せているとのことで、佐那河内村の農家グループなどは地域で出荷品をとりまとめて送ってくれるそうです。現在の販売点数は約70点で、旧アンテナショップが約300点だったのと比べると少ないですが、レストランやカフェで実際に食べられることから、飲食客の購入に加え、周辺レストランのシェフに仕入れてもらうことを狙っているそうです。

マルシェの野菜などは徳島から週2回取り寄せている

 ここまで〝徳島尽くし〟の施設なのに、どうして徳島のPR施設だと積極的に発信しないのでしょうか。渡辺さんは「徳島の施設だというだけで関心を持って来てくれるお客さんは限られています。仮に一時的にお客さんが来たとしても、ブームはすぐに去ってしまいます。あえてオープン直後のブームをつくらないことで、時間はかかっても施設の魅力が分かる人に浸透させ、長く利用してもらいたい。だから徳島の施設だということはあえてPRしていませんでしたし、当初はテレビの取材などはお断りすることも多かったんですよ」と説明してくれました。

 渡辺社長がさらに続けます。「ターンテーブルのコンセプトは、徳島の豊かな食材を使った料理が主役で、食事した後に宿泊もできるオーベルジュ(料理宿)です。有機農法や自然農法で作られたオーガニックの食材を使ったおいしい料理を通して、食べた人に徳島の魅力を体験してもらう。そういう本物の体験の価値を理解できる人から口コミで施設のことを発信してもらうことで、徳島に関心を持つ人を増やしていきたいんです。会員制交流サイト(SNS)で多くのフォロワーを持つインフルエンサーを中心にアピールしているのはそういう狙いからです」

渋谷の街並みを臨む屋上スイートのテラスでターンテーブルの目標を語ってくれた渡辺さん

 神山町にサテライトオフィスを置くIT企業の副社長でもある渡辺さん。神山で地元の活性化などに取り組む人たちと出会い、そこで育んだ人間関係がビジネスにも生かされているそうで「私が神山で体験した感動や出会いを東京に輸出して、東京から徳島を訪れたり、移住したりする人が増えていく流れをつくりたい。今後は音楽と徳島の食材を融合したイベントを開くなど、施設を訪れる人をさらに増やしていく企画も用意しています」と熱く語ってくれました。ここまで取材しておなかもすいてきたので、いよいよ看板施設のレストランに向かうことになりました。