党首討論が国会で2年ぶりに行われた。菅義偉首相になって初めてだ。

 新型コロナウイルス禍のさなかでの東京五輪・パラリンピック開催の是非が大きなテーマだった。

 首相にとっては、野党の質問を通して国民の不安や疑問に応える場でもあったが、納得のいく説明は聞けなかった。このまま五輪に突き進むことに懸念を覚えざるを得ない。

 多くの国民が抱いているのは、コロナ禍にもかかわらず、政治の都合を優先して五輪を開こうとしているとの疑念である。

 立憲民主党の枝野幸男代表と共産党の志位和夫委員長は、五輪を開催した際のコロナ感染拡大の危険性を指摘し、「開催ありき」の政府の姿勢をただした。

 首相は「国民の命と安全を守るのが私の責務だ。守れなくなったら開かないのは当然だ」と、7日の参院決算委員会での答弁を繰り返しただけだった。こんな抽象的な説明では説得力に欠ける。

 肝心なのは、「国民の命と安全を守る」と確約するに足る客観的な根拠を明示することだ。医療の逼迫(ひっぱく)を招かないためには感染者をどれくらいに抑え込めばいいのか、ワクチンの接種がどれほど普及すれば感染は収まるのか。そうした基準を示さないのは、何も語っていないに等しい。

 国民民主党の玉木雄一郞代表は、ワクチンの接種歴を証明する「ワクチンパスポート」の導入を提案し、「納得できる具体策を見せないとだめだ」と迫った。「官房長官の下で検討している」と、人ごとのような首相の態度には真剣味が感じられない。

 目を引いたのは、首相が「私の考えを説明したい」と、自分の言葉で語った場面だった。57年前の東京五輪を見た時の自身の感動を振り返り、「子どもや若者に希望や勇気を伝えたい」と五輪の意義を訴えた。

 ただし、これは平時の場合である。首相が語るべきは、政府の対策分科会の尾身茂会長が「(五輪開催は)普通はない」と言うほどのパンデミック(世界的大流行)の中、あえて開催する大義ではなかったか。

 野党党首からは国会の会期延長、補正予算の編成を求める声も上がったが、首相はかわしたり、はぐらかしたりして、すれ違いが続いた。時間切れとなるケースも目についた。

 その原因の一つは、持ち時間の短さにある。枝野氏は30分、日本維新の会の片山虎之助共同代表、玉木氏、志位氏はそれぞれ5分だけだ。これでは「言いっ放し」になり、実のある議論は期待できない。

 党首討論の在り方を抜本的に見直す必要がある。