「ヨウテイアウトドア」のラフティング体験でカヤックに乗ってガイドをする辰己(右)。写真奥は羊蹄山=北海道倶知安町

 「3年は時間をくれ」。2008年3月、スノーボード中に脊髄損傷の大けがを負い、下半身の自由を失った辰己博実(43)=徳島県上板町出身、テス・エンジニアリング=は、妻の真紀(44)に告げた。まずはリハビリをしっかりやりたいという思いだった。

 夏に退院し、その年の冬には、板に取り付けたいすに座るチェアスキーを始めた。雑誌を見た真紀が、「これならできるんじゃない?」と勧めたのがきっかけだった。

 おかげで、博実はけがの後、1シーズンも途切れることなく雪山に通うことができた。この年と翌年の2シーズンはチェアスキー、3シーズン目の頃にスノーボードとの”再会“を目指した。

 博実は硬いゲレンデより、誰も踏み入れていないパウダースノーを滑るのが好きだ。横幅のあるスノーボードの方がパウダーの魅力を存分に味わえるというのが博実の考えで、誰も試みていなかった「チェアスノーボード」に挑んだ。

 いすを取り付ける器具は上板町で鉄工所を営む父博(67)から素材や加工機械を送ってもらって自作し、ボードメーカーの協力も得ながら試行錯誤を繰り返した。

 けがから3年が経過した11年には、ラフティングやカヤックなどのアウトドア体験サービスを提供する「ヨウテイアウトドア」の事業を始めた。「蝦夷(えぞ)富士」羊蹄山を望む雄大な環境でのラフティングは人気を集めた。

 そんなふうにして、新たな世界が少しずつ広がった頃だ。11年9月、博実は、城田幸俊(60)=北海道京極町議=と一緒に、羊蹄山の周囲を流れる尻別川をカヌーで下っていた。

 20年余り前から北海道パラカヌー協会(当時は障害者カヌー協会)の会長を務める城田は、障害者が健常者と一緒にカヌーを楽しむイベントを開いていた。参加を申し込んできた博実の自宅が近かったこともあり、イベントの前に声を掛け、川を下ったのだ。

 城田は驚いた。激しい流れなのに、下半身が不自由な博実が難なくカヌーを乗りこなしているからだ。スノーボードで培ったバランス感覚のたまものかもしれなかった。

 ちょうど日本でパラカヌー競技を普及させる動きが始まっていた。日本代表チーム監督で旧知の鳥畑博嗣(北海道在住)から「いい選手はいないか」と問われた城田は、博実を引き合わせた。

 鳥畑に会った博実は札幌郊外の川でカヌーに乗ったが、強い印象が残っているわけではない。何しろ、当時の北海道に競技用の艇はなく、乗ったのはレジャー用のシーカヤックにすぎなかった。

 鳥畑に誘われた博実は12年3月、香川県坂出市の府中湖カヌー競技場で開かれた海外派遣選手選考会に参加することになった。5月にポーランドで開かれる世界選手権の出場者を決める場だ。

 競技は未経験。ほとんどぶっつけ本番で、世界への扉を開こうというのである。

 メモ カヌー競技の日程 東京パラリンピックは8月24日に開会式、9月5日に閉会式が予定され、カヌーは終盤の9月2~4日に行われる。辰己が出場する男子カヤックシングルKL2は、2日に予選、3日に準決勝と決勝がある。会場は東京都江東区の臨海部に新設された海の森水上競技場。