「語りべ小屋」の前で看板を持つ北島さん=松茂町広島

松茂町指定有形文化財「土俵入り絵図」に描かれた苫ケ島

 徳島県松茂町広島の工務店経営北島義治さん(72)が、江戸時代に活躍した地元出身力士・苫ケ島(とまがしま、生年不詳~1792年)を知ってもらうための飲食店を、新型コロナウイルス禍の収束後、工務店の敷地内に開店する。町歴史民俗資料館の講座で学んだ北島さんが店で語り部となり、貧しい身から藩主お抱えにまで出世した名力士の名を広める。

 店舗にするのは工務店の倉庫として使っていた貨車で、床面積は20平方メートル。窓やトイレを設置して内装を施し、塗装を塗り直した。三つのテーブルを置き、定員は12人。店名は「語りべ小屋」で、看板も作った。準備は整ったが、新型コロナの影響で開店できないでいる。

 お好み焼きやコーヒーを出し、話をしながらくつろげる店を目指す。お好み焼きは店を営んでいた母の調理法をまねて作る。工務店は近く廃業し、飲食店経営に専念する。

 苫ケ島と同じ北川向地区に生まれながら、その存在を資料館で学ぶまで知らなかった北島さん。自治会長を3月まで務めていたこともあり、古里が生んだスターをPRしたいと思うようになった。町教委に対し、近くの三社宮に祭られている苫ケ島の資料の価値を訴え、昨年3月3日付で略伝と土俵入りの絵画が町有形文化財に指定された。

 北島さんは「苫ケ島は、天下無敵の大横綱だった谷風に対して強かった。今の大相撲で言えば貴景勝や翔猿のような力士だったと思う。多くの人に伝えていく使命を感じている」と話している。

【苫ケ島】 本名島谷友吉。両親が現在の香川県から出稼ぎに来ていた時に広島浦(現在の松茂町広島)で生まれた。13歳で150キロの石を担いで村人を驚かせた。1768年に大坂相撲に入門し、75年に江戸相撲に移籍。同年の冬場所では後の横綱谷風に勝利する番狂わせを演じ、江戸の評判になった。87年に引退し、徳島藩11代藩主蜂須賀治昭の命を受け阿波相撲の発展に貢献した。