阿波市で10年以上続いている「おしゃべり会」。左から4人目が福井公子さん=2017年、土成町吉田の土成保健センター

 障害のある子を持つ若い母は「産んだ私が悪いのでしょうか」と泣いた。認知症の父を介護する息子は、尊敬する父の変貌に耐えられない自分を責めた。親と子のダブルケアをする女性は片方の世話を優先するたびに、選ばなかった方への罪悪感にさいなまれた。

 いつも何かしらの後ろめたさを抱えるケアラーたちに、福井公子さん(70)はやるせなさを感じてきた。

 公子さんは2005年、障害者とその家族でつくる「阿波市手をつなぐ育成会」会長に就任して以来、一貫して家族支援に取り組んできた。活動の原点が07年5月に地元で始めた保護者交流会「おしゃべり会」(月1回)だ。

 公子さんの次男、健治さん(45)には重度の自閉症と知的障害がある。生活の中心にはいつも健治さんがいて、平日は施設などへの送迎時間が気になり、休日出掛けるときは夫の都合を聞かねばならない。公子さんは自分のスケジュールを自由に決められない。やりたいことはたくさんあっても諦めるしかない。そんな生活が健治さんの成人後も続いてきた。

 晴れることのないモヤモヤした思いを抱えてきたが、ふと他の親も同じではないかと感じた。「家族支援として必要なのは、親が『自分』語りのできる場所では」。公子さんは「おしゃべり会」の立ち上げを決めた。

 当時はまだ親のための活動というのは少なかった。公子さんの取り組みは同じ立場の親も含め、周囲から多くの批判を受けた。「愚痴ばっかり言っている」「子どもの事を考えるのが親の会ではないのか」。思った以上の反発に悩んだ。

 そんな時に出合ったのが10年に発足した日本ケアラー連盟。サイトのトップページに「大切な人を介護しているあなたも大切な一人です」の言葉を見つけたときは、涙があふれた。自分たちが続けてきた「おしゃべり会」はケアラー支援につながっている―。ようやく意義を認められた思いがした。

 福祉や介護に関する情報交換や知識の共有の場は以前からあるし、専門家と話をする機会は多い。ただ、「それだけではケアラーは救われない」と公子さんは言う。

 個人の問題として捉え、孤立しがちなのがケアラー。一方的にアドバイスするのではなく、同じ立場の者同士が思いを話し合い、聞き合うことで、参加者の中からも「自分を客観的に見られるようになった」「救われた」という声が聞かれるようになった。

 「自ら押し込めた感情を言葉にすることで自分の本当の思いを知り、『自分』を取り戻す。時間はかかるけど、こうした時間と仲間が心のケアにつながるのだと思います」

 全国でも、ケアラーが自由に話せる場所として「ケアラーカフェ」などが広がりを見せている。

 おしゃべり会以外にもケアラー支援に取り組んできた。18年と20年には徳島県外から講師を招き講座や講演会を開催。20年4月には、吉野川市手をつなぐ育成会とともにケアラー対象のアンケートを実施した。

 回答の中で、公子さんの印象に残ったものがある。「趣味や仕事と両立できればケアを続けていきたい」と答えた人が多かったことと、自由筆記欄に「親(ケアラー)を対象にしたアンケートが初めてでうれしかった」とのメッセージ。「ケアすることで自分という存在が消えることに漠然とした不安があるんだな」と改めて実感した。

 「日本の福祉の脆弱(ぜいじゃく)さこそ問題なのに、ケアラーの自己犠牲と献身を賛美することで見えなくしている。そこから目をそらしたくない」。公子さんは名前も顔も公表している。問題に正面から向き合い、理解を深めてもらいたいとの思いがそこにある。