毎年8月12~15日に開かれている徳島市の阿波踊りは、40年ほど前まで開催時期が固定されていなかった。阿波踊りは伝統的に旧暦7月15日前後の旧盆に行われ、1873(明治6)年に導入された新暦では、旧盆に当たる時期が8月上旬~9月上旬の間で年によって異なるためだ。

 戦後、1年に2度の阿波踊りが開かれた年もあった。1949年は61年ぶりに旧盆が2度ある「うるう盆」に当たり、8月8日からの3日間に加え、9月6、7日にも行われた。9月7日付の徳島新聞は「二度目の盆踊り 目抜き通りは見物人の山」との見出しで、当時の様子を報じている。

各年の阿波踊りのポスター。さまざまな開催時期があった

 55年にも新盆踊り(8月13~15日)と旧盆踊り(同31日~9月2日)の2度、阿波踊りが催されたが、こちらは暦の関係ではない。

 徳島最大の観光資源である阿波踊りを全国にPRするには、日程が変わらない新盆(8月中旬)の方が都合が良い。そこで新盆の導入を図ったが、「盆踊りから派生した阿波踊りは旧盆こそふさわしい」との意見が根強く、新旧2度の開催となった。

 55年8月31日付の徳島新聞夕刊では「いまひとたびの踊り天国『旧盆阿波踊り』はきょう卅一(さんじゅういち)日幕を開けた」と、新盆阿波踊りと区別して表現している。

 56年には再び旧盆阿波踊り(8月18~21日)だけの開催となる。徳島城博物館初代館長で、元徳島市職員として阿波踊りの観光振興に尽力した福原健生さん(82)=同市八万町千鳥=は「スムーズに新盆に切り替わらなかったことには、さまざまな背景があった」と振り返る。
福原さんによると、暦の関係で旧盆は満月に当たるため、夜間照明がまだ充実していない当時、月明かりの下で踊れることを望む踊り子が多かった。満月なら潮位が上がって大きな客船が港に接岸できるため、船舶会社は旧盆を望んだという。

 しかし、旧盆開催にも課題があった。旧盆は8月15日を過ぎることが多いため、阿波踊りは台風接近に悩まされた。関係者の協議の末、新盆の8月12~15日に固定されたのは76年になってからだ。

 55年から娯茶平で鳴り物を務める大ベテランの松下宗二郎さん(79)=同市住吉3=は「日付の固定でわれわれも年間スケジュールが立てやすくなった。観光客を呼び込む上でも大きな前進だったと思う」と語る。

 一方、徳島市の阿波踊りの観光化が飛躍的に進んだことで、各地で盛んだった郡部の阿波踊りは徐々に活気を失っていく。阿波踊りは県民風習の移り変わりや都市部の一極集中など、時代を映す鏡でもあった。