選手に打撃を指導する鳴門の森脇監督=同校

 10日に開幕する第103回全国高校野球選手権徳島大会に臨む29校のうち、本年度限りで定年退職する鳴門の森脇稔監督(60)と阿南光の中山寿人監督(59)が、最後の夏の戦いを迎える。これまでともに甲子園に何度も出場し、白星を挙げている名将。2人の勝負に懸ける情熱や取り巻く人たちの思いを追った。

 鳴門は2010年に15年ぶりに夏の甲子園に出場して以降、県内で他校を圧倒する結果を残している。森脇監督は試合の流れを読んだ采配に定評があり、全国に名が知れ渡る。だが、「試合をするのは子どもたち。一番大事なのは、練習を通じて選手にどれだけ力を付けてやれるか。大会は気楽にやればいい」と意に介さない。

 森脇監督が徳島工(現徳島科技高)にいたときから支える福本学コーチ(50)は「普通は『心技体』というが、監督は『体技心』を掲げる」。体力が付けば練習ができ、技術が上がる。そして結果が出れば、自信につながるという考えだ。

 新型コロナウイルスの影響で短時間練習が続くが、コロナ前の平日は5時間近く練習。土日曜は練習試合をした後も鍛えていた。

 まず重視するのは守りだ。冬場に守備の基礎を固め、春以降は打撃の実戦練習を重ねる中で選手に生きた打球を受けさせて守りも磨き上げる。森脇監督は「投手を中心とした守りが第一。無駄な点を与えないからこそ、打撃に集中できる」と言う。

 チームづくりでは、エースと4番を固める点にこだわる。「いい枝が付いても、幹がしっかりしていないと木は倒れる」と解説し、投打の柱には練習で特に高いものを求める。

 鳴門で最初に監督を務めた10年間は、甲子園に出られなかった。その後、徳島工へ。徳島工と鳴門で2019年度まで通算18年間、森脇監督とペアを組んだ武田博史前部長(53)と福本コーチは「徳島工時代の指導経験が今の土台にある」と口をそろえる。

 徳島工の選手は入学当初、能力はそれほど高くないが、野球が好きで手取り足取り教えるうちに大きく伸びたという。最初の鳴門時代、選手とほとんど話すことがなかった森脇監督は、母校で再び指揮を取るようになってから選手と直接やりとりする機会が増えた。

 コーチが増えたのも大きい。現在は教え子4人と北谷雄一部長ら教員2人が指導する。レギュラーに一歩届かない選手について、コーチ陣から「調子が上がっている。起用してください」と進言を受けると、指揮官はすぐ練習試合でチャンスを与える。結果を出せば、レギュラーに起用するケースも少なくない。多くの目が行き届く指導が競争を促し、戦力の底上げにつながっている。

 試合では、4番以外は走者が出ると送りバントをするケースが多い。「古いと言われるが、少しでも塁を進めて相手に重圧をかけ、手堅く1点を取るためだ」と昔からの戦い方を貫く。

 福本コーチは卒業した選手に、ある場面について聞いた。劣勢の試合で泣きながら打席に立ち、逆転打を放った心境が知りたかった。選手は「あれだけ練習してきたのに、負けるわけにはいかなかった」と答えたという。接戦で勝負強さを発揮し、常に上位に絡む秘訣(ひけつ)について指揮官は「選手の意地でしょう」とだけ言う。

 卒業後の進路も丁寧に相談に乗る。「覚悟を持って鳴門に来てくれた生徒の面倒を最後までみるという監督の強い思いがある」と武田前部長。2年時の1月下旬から、本人や保護者を呼んで話し合う。森脇監督は「大学に送り出した生徒がほとんど退部せず頑張ってくれている。監督さんから鳴門出身の選手を信頼できると言ってくれ、次につながる」と笑う。

 最後の夏を迎えても気負いはない。「子どもたちと一緒に徳島の頂点に立って甲子園に行く」。選手の力を出し切ることしか頭にない。

 もりわき・みのる 鳴門市出身。鳴門高では3年時に主将を務めたが、甲子園出場はなし。法大を経て1985年から10年間、母校の監督を務めた後、2000年から7年間、徳島工(現徳島科技)で指揮を執った。07年に再び監督として鳴門に戻り、10年夏を皮切りに春2回、夏8回、甲子園に出場している。通算成績は10勝10敗。春に1度、夏に2度、8強入りした。