三好市営住宅山城永美団地で暮らす中岡さん(左端)と松崎夫妻。中岡さんは避難解除後も団地で暮らすことを決めた=同市山城町下川

 徳島県三好市に大きな被害をもたらした2018年7月の西日本豪雨。土砂崩れが多発し、1世帯を除く17世帯32人が避難した同市山城町粟山地区では、3年たった今も復旧工事が続いている。現在、集落で暮らすのは3世帯5人のみ。避難者の中には災害が再び起きる危険性などから、市営住宅や親類宅をついのすみかと決めた人もいる。山間部に戻って被災することへの不安と、住み慣れたわが家への郷愁。住民の心は揺れ動いている。

 「道はつながったが、また雨が降って山が崩れたらと思うと帰れない。若かったら逃げられるかもしないが、年を取った今では難しい」。豪雨災害後から山城町下川の市営住宅山城永美団地で暮らす中岡義一さん(83)は視線を落とす。自宅のある場所が昨年7月に避難解除となったものの、団地での生活を続けている。

 粟山地区から約15キロ離れた団地には現在、避難した地区の4世帯が入居する。団地は幹線道路に面し、バス停もすぐ近くにある。山深い地区よりも市中心部に近く、買い物や通院などで便利という。

 自宅が全壊した福岡清延さん(80)は、週に何度も庭掃除などのために団地から粟山地区に通う。傾いた家屋を見る度、さまざまな思いがよぎる。「そりゃ何とかして帰れるのが一番いい。でも家を直すにしても費用が要る。直したとしても何年暮らせるか。次に大雨が来たら...」。今後の暮らしについて自問自答するが、答えは出ない。

 一緒に避難した妻寛子さんは昨年1月、病気のため76歳で亡くなった。福岡さんは「2人だったら結論が出たかもしれない。頼りにするところがなく、つらくてたまらない」とこぼす。

 中岡さんと同じ階で暮らす松崎安好さん(89)勝子さん(79)夫妻も不安を募らせる。自宅のある場所が避難解除となれば、市が特例で免除している家賃が必要となる。勝子さんは「家賃は大きな負担になる」。2人とも足が不自由で互いに介助しながら暮らす。「もちろん何十年も住んだ粟山が恋しい。でも帰って生活ができるだろうか」と複雑な心境を語る。

 粟山地区では8月15日、昨年は新型コロナウイルスの影響で中止になった県指定無形民俗文化財の「鉦(かね)踊り」が2年ぶりに復活する。18年の西日本豪雨でも一度中止になったが、その翌年には離散した住民の心を一つにしようと行われた地域の名物だ。

 練習や本番には集落を離れた人たちも駆け付ける予定だ。災害時から地区にとどまる喜多二三男自治会長(69)は「踊りは200年以上の歴史があり、地域がにぎわい、みんなで集まって話をする機会になる。粟山の灯を何とかともし続けたい」と前を向く。