「人間ベートーヴェン 恋愛と病に見る不屈の精神」の表紙

 ドイツ文学者の石川榮作さん(徳島大名誉教授)が、平凡社新書「人間ベートーヴェン 恋愛と病に見る不屈の精神」を刊行した。ベートーベンの内面の成長に焦点を当てた伝記で、「偏屈で孤独な音楽家」との印象を覆す内容となっている。難聴や失恋など度重なる苦難を不屈の精神力で克服しながら名曲を生みだした巨匠の人間像に迫った。

 石川さんは、徳島新聞にベートーベン生誕250周年を記念し、同じテーマの原稿を連載中だ。

 出版社から「従来のベートーベン像や曲の解説と異なる内容を」と望まれて、新書の構想を練った。着目したのはうずもれていたベートーベンの手記だ。

 親友への手紙に「人間として成長したい」「音楽もほかの芸術と同じ。根底に道徳的精神を高い目標としている」とある。遺書には「音楽家としての使命を成し遂げるまで死ぬわけにいかない」と書くなど、芸術に生きるベートーベンの覚悟はすさまじかった。

 彼の音楽は全体に暗いイメージだが、最後は歓喜や希望、祈り、癒やしで終わる共通点があり、彼の性格や人生観、暮らし、人間関係が反映しているという。

 ベートーベンは1800年から12年間、少なくとも女性10人と恋をして、次々に作曲。何度か結婚まで申し込んだが、いずれも身分違いで実現しなかった。文豪ゲーテと出会ったのは、1812年夏のボヘミア。芸術にまつわる会話で毎日親しく交流した。

 晩年には「諦念」の境地に至り、曲に反映したことが日記からうかがえる。ただ、ここでの諦念は「神の定めた運命に従う」という決意で、石川さんは「恋愛や難聴など不運に打ち勝つことによって自我の限界を越え、真の意味の普遍的人間へと脱皮し、曲の質を高めた」と指摘している。

 交響曲「第九」は、ベートーベンにとって理想の楽園だった。詩と音楽と人間が一体となった歓喜の世界だ。石川さんは、ベートーベンは民衆のために理想の音楽世界を築き上げたと強調する。本書の帯には「バッハは神のため、モーツァルトは貴族のため、そしてベートーベンは民衆のために作曲した」と書いた。

 「人間ベートーヴェン」は990円。全国の主要書店で販売されている。