元捕虜の子孫として初めて「第九」演奏会で合唱するスザンネ・ハーケさん(手前右)とハイケ・ハンブルガーさん(手前左)=鳴門市文化会館

 「祖父たちが板東で築いた友好の絆を確かに感じた。これからも歌い継ぎたい」。2日、鳴門市文化会館で開かれた「ベートーベン『第九』交響曲演奏会」ではアジア初演100周年の節目に、板東俘虜(ふりょ)収容所の元ドイツ兵捕虜の子孫が初めて舞台に立った。2人の女性は肩を並べて「歓喜の歌」を歌い、同じ板東の地に立った祖父らに思いをはせた。

祖父の写真を見て涙するフリーデリケ・コッホさん(左)と妹のウタ・フォン・ハーレン・ヴェルハウゼンさん=鳴門市ドイツ館

 元捕虜ヘルマン・ハーケさんの孫スザンネ・ハーケさん=ベルリン=は、穏やかな第3楽章が始まると、目を閉じてメロディーに身をゆだねた。100年前に捕虜仲間が演奏した第九を聴いた祖父は、祖国の祖母に宛てて「演奏会は大成功。特に第3楽章にほれぼれしました」とはがきで伝えていた。そんな祖父に思いを重ねるように第九の調べに浸った。

 この日のために、3カ月前から練習を重ねてきた。日本、米国、中国の歌い手と一緒に「フロイデ(歓喜)」と叫び、感動と興奮に体を震わせた。「祖父の経験があったからこそ、私はこの舞台に立てた」と語った。

 元捕虜ブルーノ・コルゼルトさんのひ孫ハイケ・ハンブルガーさん(41)=東京=も高揚を感じながら歌った。「曽祖父は長年捕らわれていた。でも、彼は板東で過ごせて幸運だった。日独の友好が続くよう、これからも歌っていきたい」

 平和を象徴する「第九」のメッセージは国境を超える。第1次世界大戦で日独の戦場となった中国・青島市の26人も合唱に加わった。青島大音楽部教授の古光均さん(61)は「歴史には残念なこともあるが、私たちは前を向いて歩むべきだ。第九を歌うことで平和の使者となりたい」と力を込めた。

 元捕虜子孫らドイツ館で資料見学 父や祖父の遺品に涙

 板東俘虜収容所にいた元捕虜の子孫ら15人が2日、鳴門市ドイツ館を訪れた。同館に収蔵されている父や祖父の遺品を目にしたほか、記者会見を開いて板東の歴史についての思いを語った。

 一行は元捕虜の親族13人と、板東の捕虜を支援していた神戸在住ドイツ人の親族2人。このうち、フリーデリケ・コッホさん(63)とウタ・フォン・ハーレン・ヴェルハウゼンさん(62)姉妹の祖父は、捕虜時代の処遇に対する感謝から旧ドイツ館の建設に寄付したいとの手紙を書いている途中、体調を崩して亡くなった。

 コッホさんは祖父の板東時代のアルバムを目にし「私の知らない祖父の写真を見られて良かった」と涙した。

 記者会見では、元捕虜の次女クリスタ・ベルタ・シュトフレーゲンさん(84)は「板東の、お互いを許し合う精神を世界に広めることが大事だと思う」と語った。