大規模な土砂災害が発生した現場=3日、静岡県熱海市伊豆山

 近年、大規模な自然災害が各地で起きている。2018年の西日本豪雨では、広島や岡山、愛媛など14府県で300人以上が犠牲になった。徳島県では人的被害はなかったものの、三好市で家屋の浸水や土砂崩れ、道路の崩壊などが相次いで発生。3年たった今も11世帯18人が避難生活を余儀なくされている。3日に静岡県・熱海市で起きた土石流では、多くの人が逃げ遅れて巻き込まれた。
 災害時、避難の遅れを悔やむ人も少なくない。「あの時避難していれば」。そう後悔しないために何が出来るのか。国などは、災害時にいつ、どのように行動するかを事前に計画する「マイ・タイムライン」の活用を進めている。水害のリスクやマイ・タイムラインについて専門家に聞いた。
 

そもそも水害って?

右)豪雨の影響で全壊した納屋=2018年7月、三好市
左)道路が冠水し校舎の1階まで水に漬かった中学校=2019年8月、阿南市

 台風や集中豪雨は、さまざまな災害をもたらす。石や土砂が押し流される土石流や崖崩れ、河川の増水、家屋の浸水、堤防の決壊や越水による洪水。暴風、高波、高潮による農作物や建物への被害もある。2018年の西日本豪雨の他、2019年8月の台風10号で、阿南市の加茂谷中学校が1階まで漬かるなど、県内各地で浸水や停電の被害が相次いだのは記憶に新しい。
 増水した川の様子を見に行って流されたり、住宅の中まで浸水して外に逃げられなかったりと、水害に巻き込まれ命を落とすことも少なくない。県内では2014年8月の台風12号の影響で、吉野川河川敷の建設現場で作業していた40歳の男性が水に流され行方不明になり、その後遺体で発見された。
 

水害の教訓から生まれたマイ・タイムライン

鬼怒川の決壊で浸水した住宅街=2015年9月、茨城県常総市

 水害に巻き込まれないためにはどうすればいいのか。近年、自治体などが力を入れているのが、2015年9月の関東・東北豪雨をきっかけに生まれた「マイ・タイムライン」だ。関東・東北豪雨では鬼怒川の堤防が決壊し、茨城県常総市の3分の1に当たる約40キロ平方メートルが浸水、逃げ遅れた住民ら約4300人が消防などに救助された。こうした状況を受け、国や鬼怒川沿いの市町などで作る減災対策協議会はマイ・タイムラインを開発。住民一人一人が防災行動計画を作ることを提案した。
 

まずはリスクを知る 防災マップから分かること 

マイ・タイムラインの説明をする上月教授=徳島市の徳島大

 しかしながら、防災行動と言われてもピンとこない。具体的なメリットや作り方について、徳島大環境防災研究センター長の上月康則教授(地域防災学)に詳しく教えてもらった。
「最近、いろんな気象情報が出されるようになったが、それを使ってうまく逃げるということができていなかった。それをどういう風に使うのかというのがマイ・タイムライン。行政などが出してくる情報をうまく使って安心安全に逃げるのが目的」と説明する。
 マイ・タイムラインを作る際、一番始めに行うのがハザードマップの確認だ。「まずは自宅周辺にどういう災害のリスクがあるのかを知る。昼、夜、夏、冬によっても避難する流れも変わってくるので、その辺も考えておかないといけない」と指摘する。
 

徳島市の洪水ハザードマップ

 徳島市の洪水ハザードマップを例に見てみる。地図上には、赤や紫などで色分けし、洪水浸水想定区域の水深を示している。例えば、赤いエリアは想定水深が5~10メートル未満で、「2階の天井から3、4階、もしかすると5階まで浸水する恐れがある」と上月教授は説明する。
 円が連なった模様は「洪水氾濫」で、洪水が氾濫したときに木造家屋が流される恐れのあるエリア。「堤防が決壊してその勢いで家が流される映像をテレビで見かけるが、そういうことが起こりやすいエリアを示している」という。紫色の斜線部分は「河川浸食」で、川の水位が上昇し、それによって地盤ごと家が流される危険があるエリア。「周囲の浸水の深さや河川浸食などに注意して避難行動を考えてほしい」と話す。タイムラインを作る前に自宅の構造(木造、鉄骨、マンションなど)や洪水時の水深、避難場所(自宅、車中、親戚知人宅、避難所など)、避難方法(徒歩、車など)も考えておくといいという。
 

警戒レベル4までに避難 防災グッズの準備や避難所確認から 

上月教授が非常用持ち出し袋に入れている食料や防災グッズ

 では、台風や豪雨の際、具体的にどのように行動すれば良いのか。避難準備は、台風が接近する前から始まる。上月教授は「台風が来るという情報が入った時に、防災グッズの準備やスマホの充電をしておく。薬の補充なども非常に大切」と指摘。実際に雨が降り始め、警戒レベル3相当の大雨警報や洪水警報、自治体からの『高齢者等避難』の情報が出れば、高齢者など避難に時間の掛かる人たちは動き始める必要がある。この時、洪水や土砂災害などの災害発生の高まりを5段階に分け、地図上に示した「キキクル(大雨・洪水警報の危険度分布)」を活用するのも一つの手だ。「その他の人も余裕を持って早めの避難を心がけると良い」とアドバイスする。
 川の水位がさらに高くなると、警戒レベル4相当の情報が出される。「避難指示」に相当するもので、全員避難を開始しなければならない。「準備していた非常用持ち出し袋を持って、どこにどのように何をもって避難するのか、あらかじめマイタイムラインを作成して決めておけば、警戒レベル5の時点には避難が完了しており、安心安全に行動することが出来る」と話す。

 避難のコツは「早めに周囲の人と声を掛け合って逃げること。ホテルや旅館などに避難する際、自治体による宿泊費助成も活用できる。行政が出してくる情報を積極的に活用していくのが大切で、家族と相談しながら避難計画を考えてほしい」と強調する。また「避難所の確認や非常用持ち出し袋の準備から始めると、とっかかりやすい。自分の家が洪水時にどのぐらい漬かるのか、流される危険はあるのかということが分かると、次にどう行動すればいいのか考えると思う。ハザードマップは各家庭にあると思うので、まずはどういう危険があるのかをぜひ確認してほしい」と呼び掛けた。

 

高齢者にも分かりやすいマイタイムラインを 気象防災アドバイザー楠木英典さん

気象庁OBで、気象予報士と防災士の資格を持つ楠木さん=徳島市の徳島新聞本社

 ここまで読み進めて、「マイタイムラインは必要だけど、作るのは難しそう」「面倒くさい」と感じた人もいるかもしれない。三好市出身の気象予報士で、自治体の防災対応を支援する気象防災アドバイザーの楠木英典さん(66)=大阪府在住=は高齢者にも分かりやすいように、より簡易なタイムラインを作成し、講演会などで広めている。
 

楠木さんの作ったタイムライン(2021年3月時点)

 楠木さんが作ったマイ・タイムラインでは
▼台風接近前後の予定の変更を検討する▼暴風で飛ばされそうな物がないか点検する
 など、自分の居住地域が台風の予報円に入ってきた場合や警戒レベル1、2の情報が出た際のとるべき行動を、あらかじめ記載してある。

 高齢者等避難や大雨警報など警戒レベル3相当と、避難指示や土砂災害警戒情報など警戒レベル4相当の情報が出た際の
▼避難する人の名前▼避難先▼行動手段▼避難する人が忘れてはならない持ち物
 などをタイムラインに記入する。
 

空欄に行動手段や避難する人の持ち物などを書き込む

 楠木さんは「台風最接近の5日前から前日あたりの警戒レベル1、2の時点でやることは、大体どの地域でも同じ。避難のタイミングを判断するため、気象庁の情報などをどうやって得るのか調べておいて、使い方に慣れておく必要がある」と指摘する。
 今回土石流が発生した熱海市では、災害発生前に避難指示を出していなかった。「避難指示などは、いろんな情報を加味しながら各自治体が判断する。自分の家が土砂災害警戒区域内にあったり、キキクルでの危険度が高かったりと、少しでも危ないかもしれないと感じたら、行政の指示を待たずに避難してほしい」と話す。「自然災害は防ぐことが出来ないので、必要なタイミングで逃げるしかない。少しの知識と高い意識があれば対応できる。自分たちの命は自分たちで守れるよう行動してほしい」と訴えた。

 

動画→https://www.youtube.com/watch?v=AioOZsNv5IY