新しい言語が人々の間に浸透していくとき、最初はじわじわと、ある段階から急速に、最後はゆっくりと、という現象が起こります。「遅→速→遅」といったイメージです。横軸に時間の経過、縦軸に浸透の度合いを取ってグラフに表すと、S字カーブを描きます。

 否定形の関西方言「ヘン」は、S字カーブを描きながら徳島県内に広がっています。いくつかの調査結果を基に見てみましょう。

 1979~82年の調査をまとめた「方言文法全国地図」では、1900年ごろに生まれた人が使う言葉が分かります。標準語の「書かない」は県内全域で「カカン」一辺倒ですが、徳島市だけで「カカン」と「カケーヘン」の二つが使われていました。「見ない」は「ミン」が優勢ですが、県内の東半分で「ミーヘン」あるいは「メーヘン」と併用されていました。この世代にとっては、主流の否定形「ン」があったところに、少しずつ「ヘン」が浸透してきていたことが分かります。最初の「遅」の段階に当たります。

 2002年に公刊された「徳島県言語地図」は、1930年ごろに生まれた人を調査対象としています。「行かない」は県の東半分と南部で「イケヘン」「イカン」が見られますが、「イケヘン」が優勢です。「ン」から「ヘン」への勢力交代がうかがえ、浸透が「速」の段階に入ったことが見て取れます。ただし、県西では「イケヘン」はわずかで、「イカン」が主流でした。

 さらに、2007年公刊の「徳島県吉野川流域方言の動態」を見てみましょう。ここでは「行かない」の地域差が明確に現れます。徳島市内から石井町にかけては世代を問わず「イケヘン」が優勢です。県東部に浸透してきた「ヘン」が最後の「遅」の段階を迎えたことを示しています。これに対し、旧鴨島町から西ではほぼ「イカン」が使われています。「速」の段階になっても、「ヘン」は県西深くにはなかなか浸透していかないようです。

 若年層では「伝統的方言回帰」とも言うべき「ン」の使用も見られます。20年、城南高校の生徒と方言調査を実施する機会がありました。1、2年生300人分以上のデータが集まり、「ヘン」の使用は「ン」の4分の1にとどまることが明らかになりました。

 13年の城東、池田両高校の調査では、伝統的方言の「オモッショイ」から関西方言の「オモロイ」への移行が顕著でした。従って、私は否定形でも関西方言の「ヘン」が多いと予想していたのですが、意外な結果でした。伝統的な阿波弁と関西方言のせめぎ合いは、一筋縄ではいかないことを痛感しています。