山あいの遊歩道をふうふうと登ること、十数分。徳島県阿波市阿波町の観光名所「阿波の土柱」の山頂までたどり着き、足がすくんだ。柵がない!
そこで、ある文章が頭に浮かんだ。〈国立公園の観光地で、多くの人々が訪れるにもかかわらず、転落を防ぐ柵が見当たらないのである〉。豪腕政治家・小沢一郎氏の著書『日本改造計画』のまえがきに記された、有名な一節だ。
小沢氏は、米国アリゾナ州の大渓谷グランド・キャニオンを訪れたときのことを振り返り「アメリカでは、自分の安全は自分の責任で守っている」と紹介。日本でも保護や規制を撤廃し、個人が「自己責任」で行動せよ、と訴えていた。約30年前の出版物である。
さて、本題。阿波の土柱はその名の通り、土の柱が何本も立ったような奇観が広がる。地震活動で隆起した山の一部が豪雨などによって崩落したり、削り取られたりして、何万年もかかって出来上がったという。まさに大地が作り出した芸術である。その形状などから「波濤嶽(はとうがたけ)」「橘嶽」「燈籠嶽」「不老嶽」「筵(むしろ)嶽」などと名付けられており、正面展望台からの眺めは壮観だ。
こうした地形はイタリア・チロル地方、米国ロッキー山脈と並ぶ〝世界三大奇勝”と呼ばれ、1934年に国の天然記念物に指定されている。
かつては放浪画家・山下清も訪れたそうで、遊歩道沿いには野口雨情の歌碑〈阿波の名所の波濤嶽は土のはしらのあるところ〉もある。
〈2021・7・27〉