1970~80年代に日本中を席巻した「ツチノコ」ブームをご存じだろうか。ツチノコとは、日本に生息すると伝わる幻のヘビでUMA(未確認動物)の一種である。通常のヘビと違って胴の中央部が膨れており、わら打ちに使われるたたき道具「横槌(つち)」に形状が似ているのが特徴だ。当時は各地で目撃例が相次ぎ、生け捕りに懸賞金が懸けられたり、探索隊が結成されたりするなど大騒ぎとなった。徳島県でも勝浦町で巻き起こったツチノコ騒動は全国的に話題を呼んだ。第6回は、その騒動をきっかけに建てられた勝浦町星谷の「土の児(こ)神社」を訪ねる。

立て看板を頼りに山間の道をたどっていくと土の児神社に到着する=勝浦町星谷

 国道55号から県道16号に入り西へ約20分。勝浦町生名付近で北へ潜水橋を渡ると星谷に到着する。そこから急な山道を10分ほど分け入った先に、目的地「土の児神社」がひっそりと建っている。これぞUMAマニアにとって、知る人ぞ知る徳島ツチノコ伝説の聖地なのだ。

 ほこらが完成したのは95年7月。ツチノコを発見したとされる故澤口俊夫さん=勝浦町星谷=が自身の所有地に建てた。

勝浦町を見渡す山間の草むらに土の児神社のほこらがひっそりとたたずむ=勝浦町星谷

 ほこらは高さ70センチ、幅50センチ、奥行き60センチ。ご神体として両側に雌雄のヘビをかたどった木彫りの像を祭る。しかし、かつてほこらを据えていた高さ約50センチのコンクリートブロックの横に置かれており、時間の経過と共に打ち捨てられたような感もあった。

 ほこらのある二ツ森谷地区の近くには、弘法大師が人々に災いをもたらしていた悪星を岩場に封じ込めたという伝説を残す星谷寺(別名・星の岩屋)という由緒正しい仏閣がある。

 どこか神聖な雰囲気が漂うこの地が、かつて徳島を代表するツチノコ騒動の渦中にあった場所なのだと思うと感慨深くもあった。

勝浦町のツチノコ騒動を紹介した当時の雑誌記事

 澤口さんは89年6月30日にツチノコを発見したとされる。当時の雑誌記事によると、「ミカン畑で尾のすぼまった奇妙な形のヘビが頭と尾をくっつけるように丸くなっているのを見つけた」と語り、「鎌で転がしてみると(中略)胴体がビール瓶のように膨れ上がった」という。

 そして、その「生物」は3~4メートルも離れた澤口さん目掛けてジャンプして鎌にかぶり付いたとし、澤口さんは「鎌を放り投げ、一緒に転がったところを捕まえた」とある。

 澤口さんはその後、テレビや雑誌など多くのメディアから取材を受けて注目を浴びた。96年には、ビートたけしさんと明石家さんまさんが司会を務めた特別番組「たけし・さんま世紀末特別番組!!世界超偉人伝説」(日本テレビ系)にも取り上げられた。

 澤口さんは昨年12月に94歳で亡くなっており、残念ながら本人から直接、当時の様子を聞くことはできなかった。息子の実さん(71)=星谷、農業=は「当時は探索隊ができて、そりゃ大騒ぎだった。父もいろんな所に呼ばれて飛び回っていた」と騒動を振り返る。

 生前の澤口さんの人となりをよく知る森内賢(まさる)さん(71)=星谷、土木建設業=も「昔から『隕石(いんせき)を拾った』と言ったりして面白い人だった」。町役場の笹山芳宏さん(61)=横瀬=も「愛すべきキャラクターだった。周囲は半信半疑だったが、本人はいたって真剣にツチノコだと信じていた」と語った。

亡き澤口さんが捕獲したという「雄のツチノコ」のホルマリン漬け=勝浦町立図書館

 ツチノコの真偽は定かではないが、その時に捕まえた「生物」はホルマリン漬けにされた。澤口さんの寄贈により92年から現在まで「雄のツチノコ」として勝浦町立図書館(久国)の保管室にあり、1年後に澤口さんが新たに捕獲した雌のホルマリン漬けと、その雌が生んだとされる数個の卵と共に保管されている。

 実さんは「とにかくサービス精神旺盛な人だったから、ツチノコで町おこしをしたいとの気持ちがあったのでは」と亡き父の思いを代弁する。

 静かな田舎を一躍全国的に知らしめた勝浦町のツチノコ騒動。その名残をとどめる「土の児神社」には、一人の男が「ツチノコ」という未知なる生物に対して抱き続けた夢とロマンのかけらを見る思いがした。