平日の夕方、徳島県美馬市脇町の県道上に設けられた横断歩道に下校途中の児童がやってきた。信号機はない。通りがかった車は手前でしっかりと減速し、きちんと一時停止した。手を挙げて渡った児童は車の方に向き直り、ぺこりと頭を下げた。児童らが横断歩道にさしかかるたびに車は止まり、同じような光景が繰り返された。美馬署によると、この横断歩道は一時停止率が90%を超える。歩行者保護の意識が低いと言われる県内では異例だ。その背景を取材した。

一時停止したドライバーにお辞儀をする児童=美馬市脇町

 「仕事で頻繁に通るけど、ここはすごい。他の場所では考えられないくらい止まる」。脇町郵便局の男性局員(28)は配達用の車で市内各地を走るだけに、この横断歩道の特別さを肌で感じている。通行する車がよく止まるようになって既に数年がたつという。

 横断歩道は脇町小学校から約100メートル北、大谷橋東詰交差点に近い県道上にある。下校時間帯の平日午後4時前後は、1時間に約60~70台の車が通る。近くには保育園や放課後児童クラブもあり、子どもや保護者ら歩行者が多い。

 横断歩道東側の県道は坂になっていて、西進する車にとっては下り坂の終端でスピードが出やすい。このため、以前は学校や美馬署に安全対策を求める声が寄せられていた。近隣住民の話では、少なくとも5年前までは危険な横断歩道と認識されていたようだ。

 それが、道路標識や信号機の設置など特別な対策は講じられていないにもかかわらず、安全な横断歩道に変わった。運転者のマナーが向上したためだが、その明確な理由は分かっていない。
考えられる理由として住民が挙げるのは、児童の「お辞儀」だ。日本自動車連盟(JAF)の調査で一時停止率が全国1位の長野県でも習慣化しており、運転者のマナーアップとの関連が注目されている。近くに住む女性(78)は「子どもたちがお辞儀をする姿がかわいらしく、止まらなければ、と思う」と話す。

 ただ、学校ではお辞儀をするように指導したことはないという。脇町小の吉田有礼校長は「10年前にそんな習慣はなかった。どのように始まったか分からないが、上級生の姿を見るなどして自然に広がったのでは」と推測する。3年生の篠原銀成君(9)は「車はいつも止まってくれるので、ありがとうという気持ちでお辞儀している」とにっこり。

 県内では、信号機のない横断歩道での一時停止率の低さが課題になっている。JAFが2020年に実施した調査では、県内の一時停止率は11・8%で、全国平均の21・3%を下回る。県警は「児童のお辞儀などによって、歩行者保護の意識が地域全体に浸透してきたのではないか。こうした事例を他の場所でも増やしていきたい」と注目している。