「未来を担う子どもを支えるため、教職員が切磋琢磨(せっさたくま)していきたい」。教職員の資質向上に向けた研修会や研究分野への助成、機関誌発行などを行う教育分野で県内最大の公益社団法人を率いる。

小松島市出身。1983年に教職に就き、主に工業高校の機械科で教壇に立った。県教委に在籍した11年間は、少子化や人口減に伴い県内の専門高校を再編する業務に奔走した。

中でも印象に残るのは、徳島科学技術高の新設だ。徳島工業、徳島東工業(徳島市)、水産(美波町)各高校の統合を打ち出し、各校関係者から反発を受けた。特に、漁業の先行きを心配する水産高卒業生、高校がなくなる美波町民からは、電話などで厳しい言葉を掛けられた。

「就職にも進学にも対応でき、住民から『できて良かった』と思われるような学校にしようと必死になった」。運営指針をまとめる際に作った資料は今も手元に置き、初心を忘れないようにしている。

2009年4月の開校以来、定時制や全日制の教頭を務めた。県教委などを経て校長として赴任し、科技高での勤務は通算7年目。昨年度の国公立大への進学者は全国の工業高校で最も多い34人、就職率は100%だ。住民から生徒を褒める電話が校長室にかかることもある。「ようやく『良かった』と思われる学校になってきたのかな」

地域に応援される学校になる原動力は、教職員一人一人の頑張りだと信じている。「教育研究活動への助成は学校単位での応募が多いが、教職員個人や団体にも手を挙げてもらい、積極的に応援したいですね」と意欲を見せた。

長女は独立し、小松島市坂野町で両親、妻、長男と暮らす。59歳。