吉野川市 上野ひとみ(61)

 父村田芳久(85)への聞き書きです。昭和20年7月25日に麻植郡東山村(現吉野川市美郷)の栗木と大鹿に爆弾が落ちたときのことです。

 その日は土曜日だったのか、午前11時ごろに私は学校に行かずに家にいた。すると突然、西の方の空から爆撃機の編隊が飛んで来た。そのうち2機(と記憶)が列から離れてこちらへ。そして、私の家から500メートルほど離れた場所へ爆弾を投下した。当時私は国民学校3年生。急いで走って見に行った。途中で同級生に会い、2人で走った。

 投下場所では民家が爆風で倒れ、ぺしゃんこになっていた。人々がかやぶき屋根に開けた穴から、真っ黒になった同級生の女の子がはいだして来た。

 後日、村の人たちが倒壊した民家の片付けに集まっているのを見に行った。大人たちが忙しそうに動く中、大きな「いかき」(ざるのようなもの)に麦飯と漬物が盛り上げられていた。夏の盛りでハエがいっぱいたかっていたが、腹ぺこの私は食べたいなと思ってじっと見ていた。無論、誰も食べろとは言ってくれなかった。

 馬場に生徒が大勢集まって作業をしていたので、敵機の目に付き、爆弾が落とされたのだろうという話だった。しかし、後の2発は民家のない山中に落とされた。もうその爆撃機に乗っていたパイロットはこの世にはいないだろう。しかし私はずっと、わざと山中に投下したと信じたいと思っている。