「各国の選手が競い、互いの健闘をたたえ合う姿に『平和』を感じます。しかし、こうした平和があるのは先人が引き継いできた平和に対する強い思いがあったからこそです」。東京五輪開催中の8月5日、幟町中学校(広島市)の3年吉岡里笑さん(14)があいさつ文を読み上げた。6日の原爆の日を前に、校内であった平和について考える集会の一幕だ。
 集会の目的は、被爆者の体験を語り継ぐ「被爆体験伝承者」の講話と平和アピール文の発信を通じて、戦争の悲惨さと平和の尊さを再確認することだ。伝承者の活動歴7年目になる平野由美惠さん(75)は、自身の被爆体験を語る「被爆体験証言者」で4月に亡くなった岡田恵美子さん(享年)を紹介。「核兵器は地球全体の恐怖です。家に帰って次の誰かに伝えてください」と継承を訴えた。

生徒らと話をする平野さん(中央)

 平和アピール文は、集会の実行委員が放課後や空き時間を使って何度も練り、原稿用紙約4枚に恒久平和への思いを込めた。委員長の3年前田雅美さん(15)が「核兵器保有国のリーダーに訴えます。核兵器発射ボタンを決して押さないように」と懇願。次第に声のトーンを上げ「私たちは広島で生まれ、育ち、原爆の恐ろしさや戦争の無意味さをよく知っています。だからこそ原爆や戦争の事実を次の世代に伝え、平和に関心を持って生きていこう」と呼び掛けた。
 

学校内に設けられた「折り鶴の碑」

 幟町中は、平和記念公園(広島市)にある「原爆の子の像」のモデルで、白血病を患い12歳で亡くなった佐々木禎子さんが在籍した。禎子さんの命日である10月25日には毎年「折り鶴の碑平和集会」があり、学年の代表が平和学習の内容を発表する。金川勉校長は「被爆地の生徒が県外に出たときに、原爆のことを語れるようになってほしい。それが広島で育った生徒の使命なのかな」と、平和教育の効果に期待する。
 

資料の説明をする岡部さん=広島市の幟町小学校

 児童生徒の平和学習推進には地域住民も一役買っている。地元の町内会長で郷土史に詳しい岡部喜久雄さん(72)は幟町小から相談を受け、校内の「のぼり平和資料室」開設に携わった。2018年5月にできた資料室には禎子さんや、原爆投下で校舎が焼けたため校庭で授業した「青空教室」の様子を捉えた写真をはじめ、岡部さんが作成した原爆に関する資料など約100点が並ぶ。
 ボランティアとして、岡部さんは資料室を訪れた修学旅行生らに原爆や地域の歴史を伝えてきた。「昭和20年頃の小学校では豚を飼育し、名前を付けてかわいがっていました。出荷するときは子どもたちが泣いて大変だったそうです」。地域に伝わる昔話や当時の暮らしぶりなどについて、時にはユーモアを交えて話す。「戦争の悲惨な話ばかりすると、子どもは飽きてくる。戦時中でも楽しいことや笑えるようなことがあった。当時のように明るくたくましく生きていく姿を学ぶことが大事」。子どもたちが真剣に耳を傾ける姿が目に浮かんだ。

資料室に並べられた展示品=徳島市の幟町小学校