教育に新聞をどのように活用できるかを考える「第26回NIE全国大会」(日本新聞協会主催)が8月16日、札幌市で開かれた。大会スローガンは「新しい学びを創るNIE~家庭、教室、地域をむすぶ~」。新型コロナウイルスの影響で昨年に続きオンラインでの開催となった。ノンフィクション作家の梯久美子さんが、取材体験を基に過去の新聞記事をたどる意義などについて講演。パネルディスカッションでは、家庭や教室、地域での新聞を通した学びをテーマに議論した。このほか、NIEの実践授業や報告がオンライン配信された。それぞれの要旨を紹介する。

パネルディスカッション・新聞の役割や活用法議論

正しい情報 生きた教材に

 「新しい学びを創るNIE~家庭、教室、地域をむすぶ」と題したパネルディスカッションでは、新型コロナ禍で生活スタイルが変化する中、NIEによる新たな学びの在り方や新聞に求められる役割などについて意見が交わされた。

新聞を活用した新しい学びについて意見交換するパネリスト=8月16日、札幌市(北海道新聞社提供)

 NIE学習に取り組む市立札幌藻岩高校からは2年生2人と教員が参加した。生徒の為国結菜さんは「新聞から得た情報は人とコミュニケーションをとるためにすごく重要。もっとNIEの授業を多く取り入れたらいい」と発言。探究活動に新聞を使っている浜田亮太さんは「たくさんの情報を参考にすることで多くの発見ができるし、新聞の方がネット情報に比べると明確」と活用の意義を強調した。

 北海道では本年度にNIE実践指定を受けた小学校の7割がこども向け新聞を購読計画に盛り込んでいる。藻岩高校の古畑理絵教諭はこども向け新聞について「自分と同じ世代がどういう考えかを知る手がかりになる。教材として活用することで生徒、児童の自己実現につながっていくのではないか」と、こども向け新聞による学びの可能性を説いた。

 小中学生2児の母親で地元紙にコラムを執筆している美唄(びばい)市の農業内山佳奈さん宅では、子ども向け新聞など4紙を購読。「最初は読みなさいと渡していたが、そのうちに自分から手に取って読むようになった。こんな記事あったと教えてくれるし、分からないことは聞いてくる。いろんなことに興味を持つきっかけになっている」とNIEに期待を込めた。

 地域で取り組むNIEについて報告したのは、別海町の漁業鈴木翼さん、桃子さん夫妻。桃子さんは小中学生が地域住民と行った「まわしよみ新聞」の活動について語り、日ごろ触れ合う機会が少ない子どもと地域の大人をつなぐツールとして新聞が役に立つことを示した。

 近年、新聞の発行部数が減る中、日本新聞協会が行った「コロナ禍のメデイア接触・信頼度調査」では、ほぼ毎日接触する媒体として新聞は3位の会員制交流サイト(SNS)を抜いてテレビに次ぐ2位となっている。元プロ野球日本ハム選手で学校法人理事長の田中賢介さんは「新聞は情報を正確に伝えてきた実績があり、新聞イコール正確との思いがある」と信頼性に言及。「これからの子どもたちは自分で正確な情報を取っていけるようにならなければいけない。それを新聞で学べることがいい」とNIEの意義を説明した。

 教育の分野では、児童、生徒にパソコンを配布するGIGAスクール構想が、コロナ禍の影響で前倒しで進んでいる。情報通信技術(ICT)の導入で新聞の存在感はどう変わるのか。

 古畑教諭は、手を挙げて発言できない子どもも、意見を入力して発表することで議論に参加できるようになるなど、ICT活用の利点を指摘。「そうなると意見の根拠のよりどころとして新聞は重要なツールになっていく。活用の幅が広がるだろう」と予測する。内山さんは、教育のICT化に適した新聞の電子版や記事データベースがあることについて「教科書以外にも、自分たちが知りたいと思ったときに調べられる生きた教材として使用できたらいい」と利用価値を挙げた。

 変化していく次世代の学校教育に求められるNIEについて、司会を務めたフリーアナウンサーの松本裕子さんは「新型コロナの不安定な世の中だからこそ、子どもたちが自主的に考え、正しい情報を見極める生きる力を育めるような新しいNIEの形を模索してほしい」と注文した。

歴史と出会う―新聞という回路― ノンフィクション作家・梯久美子さん基調講演 

過去たどることも重要

「新聞に何が書かれているかだけではなく、何が書かれなかったかを知ることも重要」などと講演で語った梯久美子さん=8月16日、札幌市(北海道新聞社提供)

 新聞には世界の「今」が載っている。これが積み重なると時間の「層」ができ、それが歴史になる。興味のあるテーマを決め、その層に潜る(さかのぼって調べる)と道がつく。そしてその底から上を見るといろんなことが分かり、歴史観が養われる。

 太平洋戦争末期の激戦地・硫黄島で戦死した栗林忠道中将について調べていた時、中将を慕っていた人から聞いた彼の最後の電報の内容が、新聞報道されていたものと違うことに気付いた。さらに調べると、新聞の方が間違っていることが分かった。大本営が改ざんして発表していたのだ。これは私が訂正するべきだと思い、書き上げたのが、私が初めて書いた本「散るぞ悲しき」だ。

 この本を書くために、アメリカまで取材に行った。そこで、硫黄島のことをアメリカではどのように新聞報道されていたのだろうと思い、ニューヨーク市立図書館へ行った。そこでは60年も前の新聞記事を簡単に検索することができ、しかも記事データを自分に送ることもできた。これは今の日本でもあまりない。教育機関である図書館と新聞の近さみたいなものを実感した。

 詩人で作家の原民喜の本を書くきっかけの一つになったのが、彼の遺書だった。原民喜は広島で被爆した後自殺したのだが、遺書の文章がとても美しかった。死にゆく人がどうしてこんなにも静かで美しい文を書くのかと、とても興味を持った。

 彼は死ぬ前、中国新聞に自筆の詩を送っている。それは、未来に希望を感じさせるような内容で、この詩は被爆した広島の人への遺言で、若い人に希望を託したのではないかと思った。このように、新聞にはその時代を生きた人々の姿や声が刻印されている。

 原民喜の本を書くにあたっては、原爆・平和関連記事を無料公開している中国新聞社のウェブサイトがとても参考になった。新聞社には、地元ならではのテーマに絞った記事の無料アーカイブを作ってほしい。

 過去の新聞には、客観的な記事だけでなく、もう聞くことのできない証言などもたくさん載っている。また、新聞がどう伝えてきたか、何を伝えてこなかったか。歴史の軸の中で、語られ方がどう変わってきたか。そんなことも新聞を読むことで分かる。  

 かけはし・くみこ 1961年熊本市生まれ。ノンフィクション作家。編集者を経て2005年のデビュー作「散るぞ悲しき」で、大宅壮一ノンフィクション賞。「狂うひと」で芸術選奨文部科学大臣賞などを受賞。他に戦争体験者を取材した「昭和二十年夏、僕は兵士だった」など。