米中枢同時テロ発生時、ニューヨーク近郊に住んでいた西谷さん

 2001年の米中枢同時テロから11日で20年を迎えた。テロの脅威は今も消えず、8月にはアフガニスタンで過激派組織「イスラム国」系の勢力が自爆テロを起こすなど世界平和からは程遠い状況が続く。テロリスト対国家という新たな戦争の始まりとなった「9・11」発生時、米ニューヨーク近郊に住んでいたニューヨーク県人会の西谷尚武会長(78)=徳島県美波町出身=が当時を振り返り、改めて犠牲者を悼んだ。

 ハドソン川を隔ててニューヨーク州に隣接するニュージャージー州で暮らす西谷さんは、当時働いていた会社に出勤途中、車のラジオで世界貿易センタービルに飛行機が激突したと知った。会社に着くと、同僚らが騒然となりテレビにくぎ付けになっていた。すると、もう一つのタワーにも飛行機が突っ込んだ。「飛行機がハイジャックされていたとの情報もあった。『テロだ。米国への宣戦布告だ』と感じた」

 貿易センタービル近くに住む会社の顧問弁護士の日本人女性から電話があり、「子ども2人とニュージャージーに向かっているので助けてほしい」と頼まれた。幹線道路は通行止めになっていて、渋滞に巻き込まれながら迎えに行った。ビルが崩れ、煙が巻き上がる中、女性は幼子と必死に走って逃げ延びた。

 テロから4日後、西谷さんは現地を訪れた。鉄くずや灰が散乱し、消防隊がビルの残骸に放水活動を続けていた。がれきでつぶれた車に目をやると花束が添えられていた。多くの人が犠牲者の冥福を祈っていた。

 今も1106人分の遺体の身元が分かっておらず、特定作業が続く。現地や被害者が出た地域では11日(現地時間)に追悼式典が営まれる。

 ただ米国では、追悼ムードよりも、アフガニスタンから米兵を撤収させたバイデン大統領に非難の声が高まっているという。大量の武器をアフガンに残し、国際テロ組織とのつながりが指摘されるイスラム主義組織タリバンに武器を与えてしまう形となった。同様のテロを二度と起こさないため、国際社会はどう対応するべきなのか。その道筋はまだ見えない。

 3千人近くに上った「9・11」の犠牲者の中には、小松島市出身の銀行員槙本孝志さん=当時(49)=ら県関係者もいた。西谷さんは「女性弁護士と一緒に逃げた幼子はもう大人になり、月日の長さを感じる。犠牲者の冥福を祈りたい」と語った。