オリジナルアルバム『THE PUFFY』を発売するPUFFY

 1996年、ユーロビートやコギャルブームの中、Tシャツにジーパン姿でゆる~く踊る独特なスタイルでデビューしたPUFFY。今年でデビュー25周年を迎え、9月22日には10年振りのオリジナルアルバム『THE PUFFY』をリリースする。自分たちらしさを貫き、キャリアを築き続けている彼女たちに、アルバム制作秘話や、25年間歩んだ“PUFFY”という存在について、そして現在の心境などを聞いた。

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■お互いのやりたいことを尊重して進んだ25年間「どちらかの“やりたいこと”は、PUFFYにとって良いこと」

――25年もの間、さまざまなことに挑戦しながら、“PUFFYらしさ”をずっと大事にしてこられたように感じます。25年間お2人がPUFFYを続けられた秘訣はどんなところにあるのでしょうか。

【大貫亜美】2人で歌うと、どんな楽曲もPUFFYになるので、今まで自分たちのやりたいことをやらせてもらいました。これまでずっとどっちかが「こういうやりたいんだよね」と提示してきたら「どうぞどうぞ」と意見を尊重する形でやってきたので、それが長く続けられた秘訣なのかもしれないですね。そのうえで“PUFFYが何をやったらおもしろいか”をスタッフ含めみんなで考えてきたのも大きいのかなと。

【吉村由美】どちらかが「これがやりたい!」と言ったら、それはPUFFYにとって良いことに違いないので、「じゃあやりましょう」と。何かをやりたい気持ちを持っている人って一緒にいるだけで楽しいじゃないですか。たとえば、今回のアルバムの3曲目『CHOEGOIST』は亜美ちゃん発信の曲なのですが、ハッキリと「これがやりたい」って提案してきて(笑)。

――どんな提案だったのですか?

【大貫亜美】「K-POPがやりたい」って言いました(笑)。昔から仲が良かったDJ Massくんに「K-POPみたいな曲をやりたいんだけど」と言ったら「任せてくださいよ!」と言ってくれて、一緒にK-POPをとことん研究しました。私が『テレビでハングル講座』(NHK Eテレ)という番組で韓国語を勉強していたので歌詞にもこだわりましたね。由美ちゃんはあまりK-POPに興味なかったんですけど、「頼むから一緒にK-POPをやってくれ」と言って付き合わせました(笑)。

【吉村由美】『CHOEGOIST』は歌の合間に掛け声がたくさん入るんですけど、それを不思議に思って亜美ちゃんに聞いたら「掛け声がないとK-POPじゃないんだよ」と言うのでトライしました(笑)。他にも「ここの語尾が上がったほうがK-POPっぽいよ」と亜美ちゃんとMassさんがガンガン言ってきたので、その熱量に気圧されて、とにかく楽しく取り組めました。

――そんな『CHOEGOIST』が収録されている『THE PUFFY』は10年振りとなるオリジナルアルバムですが、このタイミングでオリジナルアルバムということにこだわりはあったのですか?

【大貫亜美】リリースしたシングル含めて、この10年で制作してきた楽曲が溜まってきたので、それを25周年記念にまとめて出しましょうということで今回のアルバムリリースが決まりました。時を経てどんどんアップデートされていったPUFFYの楽曲の変化がうまいこと一枚にまとまったんじゃないかなと思います。

【吉村由美】 その時々でご一緒したいと思った方々とコラボしてきたので、自分達にとってこの10年を振り返れるような、そんなアルバムになりました。

【大貫亜美】 いつも「あなたが作った楽曲をどういう風にPUFFYに歌わせたいですか?」という気持ちで楽曲提供やコラボをお願いしているのですが、それぞれ作った方の色がしっかりと出ていて毎回感動するんです。これまで本当に素敵なコラボをさせて頂いたなと改めて思います。

■デビュー当時の熱狂に驚愕「突然みんなが自分を知っていて、世界が変わったようになっていた」

――前山田健一さんが作詞された『パフィピポ山』には「ピュアなハート」や「カニ食べんだって」など誰もが知っているPUFFYの曲の歌詞の一部が散りばめられていましたね。お2人はデビュー曲「アジアの純真」リリースで大ブレイクした当時はどのような心境だったのでしょうか?

【大貫亜美】デビューしてすぐにアメリカを縦断する映像やミュージックビデオを撮りに行ったので、何週間か日本を離れていたんです。日本に帰ってきたら渋谷を歩けないぐらいみんなが自分達のことを知っていて、凄く驚いたのを覚えています。私たちは何も変わっていないのに、世界が変わったようになっていて。表に出るというのはこういうことなのかと実感しました。

【吉村由美】デビュー前は普通に街を歩けていたのに、日本に帰ってきたとたんに「おーい!」って知らない人から友達みたいに声をかけられてちょっと怖かったことを覚えています。いまはもう街を歩いても平気なんですけど(笑)。

――当時はTシャツにジーパンというラフな衣装や気取らない話し方など、お2人にあこがれて真似をする女性がたくさんいました。また、音楽シーンでもPUFFYのフォロワー的な存在が次々とデビューしていたと思うのですが、そういった現象をお2人はどのように見ていましたか?

【大貫亜美】私たちって、衣装もキャラも、普通の日常を切り取ったような感じでデビューしたと思うんです。だからベースとしては一般の方と変わらないというか、みなさんの中からポンと表に出てきたような。それがPUFFYなんですよね。だからきっとみなさんの中にももともとPUFFY的な面があるはずで、“真似されてる”とか“フォロワー的存在”というのはあまり意識したことがないんです。私たちは本当に特別なことはしていないので。

――それでもやっぱりPUFFYはみんなの憧れだと思います。

【大貫亜美】“何歳だからこうしなきゃ”という考えに囚われないで生きていると、きっとこういう大人になるんだと思います(笑)。

【吉村由美】それがいいか悪いかは別としてね(笑)。

【大貫亜美】これが良い例というわけでは決してないのですが、PUFFYのようになりたいと思うのであれば私達のように生きることですね(笑)。

【吉村由美】そういえば、“フォロワー的存在”というワードで思い出したんですけど、私たちデビュー当時はフワフワの髪型をしていたので、その10年後ぐらいに、知り合いの美容師さんから「PUFFYの影響でスパイラルパーマをかけに来る人が多くて、当時ロットを巻くのが大変ですごく嫌だった」って言われたことがあるんです。時を経てクレームが(笑)。

【大貫亜美】でもわたし天パだからロット巻いてなかったんだけどね(笑)。

■25年間貫いてきた“PUFFY=楽しいこと”「見ている方にもそう伝わっていたことが嬉しい」

――改めて、おふたりにとってPUFFYはどんな存在ですか?

【大貫亜美】“PUFFY=楽しいこと”です。もちろんお仕事なので楽しいだけじゃない部分もありますけど、ザックリいうとPUFFYはとにかく楽しい! それを25年間貫いた結果が今です。こんな答えでいいのかな?

【吉村由美】いいんだよ本当のことだから。楽しいと言えばさ、むかし亜美ちゃん宛に小学校4年生の子から手紙が届いた時のこと覚えてる?

【大貫亜美】あ~! あったね。「PUFFYって楽しそうでいいね」って書いてあったんですけど、その時めっちゃ忙しくて大変な時期だったので「お前に何がわかる!!」と思ったのを覚えてる(笑)。でもさ、小4の子からPUFFYが楽しそうに見えていたのなら良かったなと今は思うよね。

【吉村由美】そうだね。“楽しそう”の他に、よく“脱力系”とか“ゆるい”みたいなことを言われるのですが、わたし自身はデビュー当時から一生懸命やっていて、一度もダラダラしたことなんてないと思っていたんです。それで、20周年の時に過去の映像を見てみたら、“これは言われるはずだな”と。なんで誰も「きびきびしろ!」って言ってくれなかったんだろうと思って(笑)。

【大貫亜美】確かに誰も注意してくれなかったよね。歌ってる時にそんなに踊ってないせいか、ダラダラして見えちゃうんですよ。

【吉村由美】当時はそれなりにダンスレッスンもしてたのにね。なんであんな感じになっちゃったんだろう?(笑)

――こんなご時世ですが、お2人が今後やりたいことはありますか?

【大貫亜美】やっぱりアルバムのツアーをやって、みんなに会いたいですね。

【吉村由美】ほんと、ツアーは早くやりたいですね。あとは亜美ちゃんが最近ハマっていた韓国ドラマ『ボーイフレンド』の舞台であるキューバに行きたいです。

【大貫亜美】キューバ超いいよね! 私も行きたい! うちの両親がキューバに行ったことがあって、「めっちゃおもしろかった」って言ってた!

【吉村由美】じゃあ、いつか海外旅行に行けるようになったら一緒にキューバに行こう!

取材・文/奥村百恵


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