県内最古とされる三島神社の狛犬=徳島市西大工町

 眉山の麓に立つ三島神社(徳島市西大工町)には、県内最古とされる狛犬(こまいぬ)一対がある。言い伝えによれば、承久の乱(1221年)の後に建てられた神社を創建以来守っており、今年で800歳。1963年には市有形文化財に指定されている。

 狛犬は砂岩製で、参道の石段を少し登ったところに鎮座する。たたずまいが特徴的なのは、正殿に向かって右側の狛犬だ。両目をグワッと見開いて、口を左右に大きく開け、後ろ足をピンと立ててお尻を上げている。前足をやや曲げてグッと踏ん張っており、まるで侵入者を威嚇するような戦闘的ポーズである。今にも噛みついてきそうだ。

 この辺りは古来、名東郡富田庄と呼ばれ、春日大社(奈良)の荘園があった。後鳥羽上皇が鎌倉幕府執権・北条氏追討の兵を起こし、一敗地にまみれた承久の乱が収まると、功績のあった伊予(愛媛)の武士・河野通久が富田庄の地頭に任ぜられる。その際、河野氏が地元の三島大明神(大山祇神社)の神霊を分祀(ぶんし)して建立したのが、三島神社と考えられている。

 伊予の大山祇神社(今治市大三島町)は「日本総鎮守」とも尊称され、山の神、海の神、戦いの神として武将の信仰を集めてきた。甲冑や刀剣などの武具を中心に、国宝8件を含む数多くの宝物を有することで知られる。

 承久の乱を巡っては、阿波国でも守護職が佐々木氏から小笠原氏に交代するなど、大きな動きがあった。威嚇的なポーズを取る三島神社の狛犬は、こうした動乱の時代の名残を今に伝える〝語り部”なのかもしれない。

〈2021・10・5〉