“育休退園”という言葉を聞いたことはあるだろうか。女性が第2子を出産して育児休業を取得すると、第1子が保育園(所)に通っている場合、その園(所)をやめなければならないケースがある。これがいわゆる育休退園だ。2015年6月には埼玉県所沢市で、育休退園の対象となった8世帯が市を提訴し、全国的に注目を集めた。
 「乳飲み子を抱えながら上の子の世話をすることで、子どもたちにストレスがたまり、精神的な安定が保たれないのではないかと心配です。育休退園で悩んでいるお母さん、お父さんはいっぱいいるのではないでしょうか」-。徳島新聞が読者から情報提供を募る「あなたとともに~こちら特報班」に11月上旬、そんな声が寄せられた。なぜ、退園しなければならないのか。退園により子どもや家庭にどんな影響があるのか。子育てをする母親の現状や各自治体の事情を探った。

ボール遊びを楽しむ児童=阿南市
(記事とは直接関係ありません)

 

通い慣れた保育所をやめないといけない?

 下の子の育休を取るなら、上の子は保育所を退所しなければならない-。阿南市の30代女性、田中恵子さん=仮名=は妊娠中、子どもが通う保育所から”育休退園”について初めて知らされた。今年、第3子を出産し、現在は夫と保育所に通う2人の子どもと4人暮らし。産休後は育児休業を取得し、2人を保育所に通わせながら生まれた子どもの面倒を見るつもりだった。

 阿南市には23の公立保育施設と、小規模保育事業所などを含む10の私立施設がある。いずれも保護者が就労中や求職活動中などの場合に利用でき、妊娠・出産の場合は誰でも産前産後の一定期間、上の子を預けることができる。しかし、産後に育児休業を取得するとなると、条件が異なる。育休中は保護者が自宅にいるため、「保育が必要な状態ではない」とみなされ、保育所を退所しなければならないのだ。一度退所し、育休を終えて仕事に復帰する際に改めて入所の申し込みが可能となる。
 さらに、阿南市では育休に伴う退所の対象が2歳児以下という規定がある。田中さんの場合、上の子が2人とも退所の対象となる。田中さんの両親は近くに住んでいるものの働いているため、簡単に孫の面倒を見られない。「育休中、家で遊んでいるわけではない。下の子のための育休なのに、なぜ上の子が保育に欠ける状態ではないと言われるのか」。ふに落ちず、市役所に何度か相談したが、状況は変わらなかった。

育休中の継続利用や入所申し込みの条件などをまとめた阿南市の手引き書

 

 楽しそうに保育所に通う子ども 「ストレス心配」「預けたい人が預けられるように」

 退所の日が迫る中、田中さんが心配しているのは子どもたちのストレスだ。「1人で面倒を見られるかという不安もあるが、子どもも毎日私と赤ちゃんと過ごすのはストレスだと思う。家でできることは限られ、保育所でしか体験できないこともある。環境ががらっと変わることでストレスを受けるのではないか…」と不安を口にする。子どもたちにはまだ退所のことを伝えていない。「子どもが理解できるのかは分からない。友達もできて、今は毎朝『保育所に行こう!』と張り切って通っているので、がっかりすると思う」
 
 田中さんのように両親や親族と離れて暮らす人や、親が60歳を過ぎても働いている世帯は少なくない。「昔は親と同居して面倒を見てもらえる人もいたかもしれないが、今はそういう時代ではない。もっと当事者目線で考えてほしい。少子高齢化が進んでいる中で『子どもは地域で育てよう』とか『子どもは地域の宝』と言うわりに、対応が十分ではない。条件に関係なく預けたい人が預けられるようにしてほしい」と制度の改善を訴える。

 

上の子が泣けば下の子も 過酷だった2人育児

 阿南市に住む30代の中山美波さん=仮名=は昨年、育休退園を経験した。育児休業開始から2歳児と0歳児の面倒を1人で見る日々が半年ほど続き、2人育児の過酷さを痛感した。
 夜間の授乳や寝かしつけなどで寝不足が続く中、朝早くから上の子の遊び相手をする。上の子が泣くと下の子もつられて泣く。抱っこしている間は、他の作業には手を付けられない。「下の子にご飯を食べさせたりオムツを替えたりしながら、上の子の遊び相手はできない。コロナ下であまり外出もできず、毎日怒っていた」と当時を思い起こす。阿南市は1歳以上の子どもを対象に一時預かり事業を実施しているが、昨年度は一時、新規利用の申し込みができず、子育て支援センターも人数制限が設けられ、思うように利用できなかった。 
 現在は上の子を幼稚園に通わせている。幼稚園はどの家庭でも利用することができるが、保育園に比べて預かり時間が短く、行事や保護者の集まりも多い。「当初はずっと一緒にいなければならないことが嫌だった。復帰後を考えれば保育園の方が良いが、今は家で見るよりはまし」と話す。

「せめて1年は…」

 産休明けからが一番つらい時期なのに、なぜ退園しないといけないのか。市役所に聞いても「そういうルールなので」としか説明されなかったという。当時の生活を「地獄だった」と語る中山さん。中山さんの周囲には、育休退園後に家庭内での育児に疲れ、心身に不調を来した母親もいる。「退園したからといって、すぐに別の子どもが入園するわけでもないのでは。他の自治体と同じように、せめて1年は通わせてほしい。このままではどんどん少子化になる」

 

市議会でも答弁に 育休退園に対し「制度の矛盾」「不公平感」

 保護者の大きな負担となる育休退園問題。阿南市議会では9月定例会の一般質問で取り上げられていた。

9月に開かれた阿南市議会定例会=議場

喜多啓吉議員 「不公平感が残る」

 “私の所に寄せられる若いお母さま方からの小さな声をこの機会に述べさせてもらいたい。
 育休退所について、確かに制度上、保育の必要性の認定を受ける必要があることから、やむを得ない処置かもしれないが、市長には乳児を育てることへの負担の大きさや、母親が子育てを主に担う家庭が少なくない現状にも配慮してもらいたい。
 それと、この制度には矛盾点がある。第2子を出産し、育児休業を取得した際、すでに第1子が3歳児として入所している場合は、退所を強制させられることはないが、第1子が2歳児なら退所させられる。その子が3歳児になり、保育所への再入所を希望しても第2子の育休中である限り、再入所は認められない。一方で第1子の3歳児の入所を認め、他方で入所を認めないというのは不公平感が残る。この点について市長はどのように考えているのか。“

吉村茂宏保健福祉部長 「保育士不足の現状を考慮すると現時点では難しい」 

 “保育所等の利用については、自宅で保育することができない状態である場合、入所申し込み等により、保育施設における保育の必要性が認められれば、利用することのできる施設であるため育休中においても小学校入学を控えている5歳児や児童の発達上、環境変化に留意する必要がある場合等につきましては継続利用が可能となっている。
 育休退所の矛盾点について、現在本市においては保護者が育児休業を取得した場合、すでに保育所を利用されている3歳児から5歳児については継続利用が必要な事由として、児童の発達上環境変化に留意する必要がある場合について保育認定を行っているが、0歳児から2歳児については、保育士不足の現状を考慮し、保育所を退所してもらっている状況である。
 待機児童については今年度は発生していないが、前年度までの待機児童の年齢を確認すると、0歳児から2歳児がそのほとんどを占めている。1人の保育士が保育できる子どもの数は3歳児が20人、4、5歳児は30人と多くの児童を保育できる基準となっている一方で、2歳児は6人、1歳児は5人、0歳児は3人と、低年齢になるほど保育可能な人数が少なくなるため、本市の保育士不足の現状を考慮すると、現段階での緩和は難しいと考えている。しかしながら、子育て環境の充実は本市の最重要課題であることから、今後の待機児童数や保育現場の状況、保護者のニーズ等を見極めながら、課題解決に資する施策と、段階的な緩和について検討していきたいと考えている。“
 

 市の説明について、田中さんは「保育士が不足していると言うが、待機児童がいないなら実害はないのでは」と首をかしげる。「保育士が足りないからというのは説明としてどうなのか。退園させて他の子を入れても、結局、待機児童の根本的な解決にはならない。保育士の数が足りないなら確保すべきだ」と指摘する。
 阿南市では当初、育休退園の決まりはなかったが、16年に待機児童が急増したことで導入。正規職員採用や民間の活用などを進め、18年には「4、5歳児」、19年には「3~5歳児」は継続利用を可能とするなど、段階的に緩和してきた。市こども課は「待機児童が出る一方で、人口の少ない地域では利用児童数が減っており、今後慎重に判断しなければならない」としつつ、「民間活力の導入や保育士の処遇改善を図り、今後育休退所の廃止を含めて多様化する保育のニーズへの対応に努めたい」としている。

他の自治体はどうだろうか。県内では阿南市を含む1市4町で育休退園の仕組みを導入している。
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退園?継続?24市町村で分かれる判断 ”育休退園”をなくして㊦
https://www.topics.or.jp/articles/-/623557