コーヒーをいれる井上嵩規さん

 「こんにちは」。木製の扉を開けると、黒を基調としたクラシックモダンな店内に元気な声が響いた。声の主はマスターの井上嵩規(たかのり)さん(26)=徳島市丈六町丈領。小松島市中田町でカフェ「MINATOHE(ミナトヘ)」を営む。2年間の会社員経験を経て10月20日にオープンさせた。

 コーヒーとの出合いは、鳥取県の大学に通っていた1年生のころだった。カフェでアルバイトを始めたところ、コーヒーの奥深い味わいに心を奪われるようになる。おいしいコーヒーを求めて鳥取県内外のカフェを巡り、コーヒーの味や店の雰囲気、店主の人柄などを見て回った。

学生時代休日に海辺でコーヒーを楽しむ井上さん

 次第に自分でコーヒーを入れてみたいという思いが高まり、ドリッパーなどの器具を買って自宅で練習し始めた。「将来は自分のカフェを持ちたい」。漠然とだが、そんな夢を持ち始めたのも、この頃だ。

学生時代カフェを営む井上さん

 3年生の6月には別のカフェの定休日を利用し、週末だけの間借りカフェを開店した。テーブルや椅子といった店内のレイアウトをアレンジし、手作りのデザートとコーヒーを提供。満足そうに帰る来店客を眺めていると心が満たされるように感じ、自らのカフェを持ちたいという思いをより強くした。

 4年生になり、移動式のコーヒー店をスタートさせる。ドリッパーなどのコーヒーセットとテントを抱え、パン屋さんの空きスペースや商店街のテナントで営業。商店街では高齢者も来店してくれるようになり、世代を超えた憩いの場として定着し始めたのがうれしかった。

 2018年に大学を卒業し、徳島県にUターン。5年くらい企業で働いて社会人経験を積みながら開店資金をためることにした。しかし、自動車会社やリフォーム会社に勤めて2年がたったころ、カフェの開業を決意する。

 「今の仕事は楽しいが、マニュアルもあって僕じゃなくてもできる。カフェを開いて自分にしか出せない個性や価値を提供し、来店客の生活に潤いを与えたい」。そんな気持ちがだんだんと膨らんだからだ。

 友人は応援してくれた一方、不安定で将来の見えない仕事に家族は難色を示す。そこで、大学時代の経験を基に売り上げ予測や営業費用をまとめてプレゼンテーションし、家族は何とか認めてくれた。

テントでの移動式販売「一杯の珈琲」の出店中の様子

 退職後に営業を始めたのが、移動式コーヒー店「一杯の珈琲(コーヒー)」だ。店舗の開業資金をためるとともに固定客をつかむため、コーヒーセットとテントを抱えて県内を東奔西走。海岸沿いで開いたり、たこ焼き店横での営業を店主に頼んだりと悪戦苦闘しながらも店は徐々に認知され、出店依頼も舞い込むようになった。

 常連客も増え、客同士の交流も生まれ始めた。「各地へ店を移して営業するため、普段では出会えないような人と知り合えるのが移動式コーヒー店の魅力の一つ」。当初はカフェ開店に反対していた家族も出店先に顔を出してくれるようにもなった。

10月にオープンした「MINATOHE」

 開業資金がたまり、店を持ちたいと思い始めたころに出合ったのが小松島市のテナントだった。アクセスがよく、緑のある周囲の風景にほれ込み、ここに出店する決意を固めた。

「MINATOHE」で提供するコーヒー

 店名の「MINATOHE」には「店内や近くの港でコーヒーを飲みながらゆっくりと過ごしてもらうなど、人が集う拠点として落ち着くに場所になってほしい」という思いを込めた。コーヒーを入れながら来店客と話ができるよう、店の中央にはU字カウンターを設置。港町にふさわしい内装にしようと、船を模したテーブルも設けた。「人生の時間には限りがある。多くの人の有限な時間をできるだけ豊かなものにしていきたい」

 店舗を持つまで7年間の道のりは決して平たんではなかったが、コーヒーを通じた多くの人との出会いが夢を実現させるための原動力となった。その原点ともいえるのが移動式コーヒー店「一杯の珈琲」だ。店舗のオーナーになった今でも時折、移動式コーヒー店を開く。

【動画】https://youtu.be/C0cXQGv5Dx0