<ふりむくと/一人の失業者が立っている/彼はハイセイコーの馬券の配当で/病気の妻に/手鏡を買ってやった><ふりむくと/一人の車椅子の少女がいる/彼女はテレビのハイセイコーを見て/走ることの美しさを知った>

 寺山修司の詩「さらば ハイセイコー」から引いた。ハイセイコーは1970年代に活躍した競走馬。地方競馬から中央競馬に参戦し、優良血統のエリート馬を打ち負かす。ひたむきで痛快な走りが、寺山や大衆の心をつかんだ

 折しも高度成長の末期。冒頭の詩のように挫折や無力感、社会の障壁と戦う人たちの多くが、ハイセイコーに自分たちを重ね見た。競馬の枠を超え、社会現象になった一番の理由はそこにある

 スポーツの世界で夢を託し、託されるというのは、今も変わらない。サッカーの日本代表もさまざまな夢や思いを背負い、W杯に臨んでいることだろう。日本中が見守った初戦、チームは鮮やかに応えてくれた

 下馬評はからっきしだったが、勝負は何が起こるか分からない。序盤に相手選手が退場になるとは。同点に追い付かれても諦めず、ひたむきだった。「元気をもらった」と、大阪北部地震の余震に不安がる人たちの励みにもなった

 1次リーグは残り2試合。強豪相手だが、日本代表と一体になろう。痛快な思いをまた、味わいたい。