住民投票実施に必要な署名をする市民(右)=1月27日、徳島市新蔵町3の「内藤市長リコール住民投票の会」事務所  

 徳島市の内藤佐和子市長に対する解職請求(リコール)の是非を問う住民投票実施に向け、市民団体「内藤市長リコール住民投票の会」(久次米尚武代表)が署名を集めている。27日までに有権者の3分の1の署名が必要で、昨年12月1日時点で計算すると7万730人分だ。リコールは代表民主制が機能不全になった場合に住民が意思を示す仕組みだが、都市での成立事例は多くない。自治体の規模はリコール運動にどう影響するのか、これまでの事例から考える。

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有権者300万人の横浜市 集まった受任者は5万人

 2020年10月、横浜市で市民団体「一人から始めるリコール運動」が林文子市長(当時)のリコールを目指して署名集めを始めた。団体が問題視したのは、カジノを含む統合型リゾート(IR)誘致に対する市長の姿勢だ。

 「17年の市長選では『白紙』と言って3選を果たしましたが、その後、19年に『誘致』を表明。『白紙』という言葉を信じて投票した人もたくさんいた」。広越由美子代表(42)=保育士、横浜市=はそう指摘する。

 19年8月、「カジノの誘致を止めたい」という広越代表の呼び掛けに賛同する市民が、署名集めを担う受任者の募集をスタートさせた。1年余りで受任者は約5万人に達した。20年9月1日時点で横浜市の有権者は312万717人。リコールの住民投票を実施するには49万878人分以上の署名が必要だった。

 政令指定都市のため、署名期間は2カ月。署名期間が終わった後の20年12月15日、団体が発表した署名数は9万111。必要数の2割に達しなかった。

 広越代表は言う。「組織があるわけでもなく、どれくらい署名が集まるかは予想がつかなかった。しかし、単純計算して受任者が自分ともう1人の2人分の署名を提出すれば10万になる。でも、そうはならなかった。リコールという制度に慣れておらず、(運用面での)誤解も多かった。受任者になる手続きを署名だと勘違いして署名しなかった人もいる。受任者集めを1年かけてやっていたため、受任者になったことを忘れていたり、引っ越してしまったりした人もいた」

 新型コロナウィルスの感染が広がり、人々が集まりにくい状況もあった。同時期に別の団体がIR誘致の賛否を問う住民投票条例制定を求める署名集めもしており、混同した市民もいたという。こちらはリコールよりも必要数が少なく、署名は必要数を超えたが、市議会が議案を否決した。

 都市部では運動の費用もかさむ。「チラシの印刷代や郵送代などで1千万円ほどがかかり、すべて寄付で賄った。スタッフは全員ボランティアだ」(広越代表)。

過疎と高齢化が進む愛知県東栄町 署名の縦覧がハードルに

 広越代表らが横浜市で署名数を発表してから4カ月後の21年4月、愛知県東栄町では住民団体「東栄町をよくする会」が村上孝治町長のリコールに向けた署名集めを始めた。過疎と高齢化が進む人口約3000人の町。リコール運動の発端は19年9月、医師不足を理由に町が町営の医療センターでの人工透析を中止すると決めたことだった。透析患者や住民が人工透析再開などを求めて条例改正を直接請求。しかし、条例案が議会で否決され、リコール運動へと発展した。

 中心メンバーは15人前後で69人が受任者になった。自らも透析患者の西谷賢治共同代表(53)は「当初は成立させるのが目的ではなく、問題提起になると思ってリコール運動を始めた」と言う。結果、必要数(908)を上回る953人分の有効署名が集まった。

 「署名開始から3週間ほどで大半の署名が集まった。小さな町で私の名前を知らない人はほぼいないような状態。趣旨に賛同して署名してくれる人のほか、同情票もあったと思う」

 一方で、署名の縦覧が大きなハードルになったという。

 「『子どもが役場に勤めているから署名できない』という人もいた。実際、仕返しをしようという人が利用できてしまう仕組みになっている。(署名した場合は自分の署名があるか、していない場合は他者に書かれていないかを確認する)本来の趣旨と違う運用がされている。見直しが必要だ」。そう西谷共同代表は訴える。

 横浜市の広越代表は「縦覧制度を危惧して署名をためらう人を見たことはない。そうした話も聞いていない」とするので、人間関係が濃密なコミュニティーゆえの問題なのかもしれない。

 住民投票の実施を待たず、村上町長は辞職し、出直し町長選挙となった。

署名が集まった自治体の半分は有権者1万人未満

 総務省のまとめによると、2007年度から17年度までに、市町村長のリコールのための解職請求代表者証明書が交付されたのは45件。うち、住民投票の実施に必要な署名数を集めたのは08年に成立した上板町長のリコールを含む12件だった。有権者数が最も多い自治体で6万人台で、6件は1万人未満だった。

 署名が法定数に達した12件のうち、有権者が最も多かったのが11年の岐阜県中津川市長に対するリコールで、6万7475人。「選挙で公約した事項を全く守っていない」との理由でリコール運動が展開され、有効署名3万596(必要数2万2492)が集まった。

 12年に「文化施設の建設を強引に進めた」として茨城県古川市長に対するリコールがあり、有権者11万8351人のうち約半数の5万274人分の署名が提出されたが、署名縦覧中に市長が辞任し、有効署名数が確定していない。

識者「米国では前回選挙の投票総数を基準にする州も」

 住民投票に詳しい武田真一郎・成蹊大教授(行政法)は「大都市ではリコールを成立させるのは不可能だと長年指摘されてきた。日本は直接請求が使える仕組みになっていない。例えば米国では、州知事のリコールに向けた住民投票をするために必要な署名数は、直近の選挙の投票総数をベースに決めている州もある」と説明する。

 例えば21年にもリコール署名提出を受けた州知事選挙があったカリフォルニア州。必要署名数は前回知事選における投票総数の12%だ。この仕組みであれば、政治への関心が低い地域では必要な署名数は少なくなり、高ければ多くなる。

 「特定の争点への賛否を問う『表決』の住民投票の手続きが整備されていないことから(手続きが整備された)リコールを試みる例があるが、リコールになると必要署名数が多くなり、ハードルが極端に高くなる。『表決』などの住民投票の仕組みを整備すると同時に、リコールの要件緩和を検討してもいいのではないか」と武田教授は提案する。

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リコール運動、その後...

 リコールの成否は有権者にとってゴールではなく、通過点でしかない。

 リコールが成立しなかった横浜市ではその後の市長選でIR誘致が争点となった。IR白紙を掲げた元横浜市立大教授の山中竹春氏が初当選し、誘致を推進してきた現職の林氏や、推進から取りやめに立場を翻した前国家公安委員長の小此木八郎氏は落選した。

 広越代表は言う。「リコール運動で問題を『見える化』したということは大きいと思う。リコールを始めたのは『無関心で人任せ』ではなく、『横浜市を変えたい』という人を増やしたかったから。すぐには変えられないことでも、時間をかければ変えられる」

 一方、必要署名数が集まった東栄町では出直し町長選挙で、村上氏が再選を果たした。西谷共同代表は「それでもリコールはやってよかったと思う。問題提起はしないといけないし、納得できないことはあるから」と言う。より良い地域医療の在り方を探るため、会は活動を続けている。