20年余り前、駆け出しの検事として薬害エイズ事件の捜査に関わった。危険性を知らないまま、非加熱血液製剤の注射で幼子を感染させてしまったと悔やむ母親の涙を鮮明に覚えている。

 「事件は光の当て方で随分違って見える。影の部分で苦しんでいる人のために何ができるかを考えさせられた。声なき声に耳を傾けることが検察の責務だと心に刻み付けた」

 司法修習生の時、大きな家族のような雰囲気を検察庁に感じた。先輩が損得なしに後輩を指導していたためだ。検事の道を迷わず選び、闇を白日の下にさらす仕事の魅力を知った。

 現場の一検事だった頃の仕事に思い入れが強い。取り調べではその都度、容疑者の人生と向き合った。ある容疑者から「罪を償い終えたら一緒に飲みたいです」と言われた。実際に行くことはできないが、その言葉に思わず涙が出た。

 名古屋地検や横浜地検で交通部長を務め、3年間で1万件以上の交通事件を決裁した。その経験から、警察官向けの交通事故捜査に関する著作もある。

 東京で生まれ育った。これまでの赴任地は東日本が多く、徳島での勤務は初めて。着任会見は、めいからプレゼントされたスダチ色のネクタイを締めて臨んだ。「本場の阿波踊りがどれくらいすごいのか楽しみにしている。家族にもぜひ見に来るよう言っています」とほほ笑んだ。58歳。