一杯のみながら思案しておったら、こんなことを思い出したわ。徳島の県民性は「ヘラこい」んじゃと。

 いっとき、文化関係者やらの間で、しきりに言われておったわ。利にサトいじゃの、うまく立ち回るじゃの、あれこれの例を挙げて言うもんじゃきに、ワイも 「そうやなあ…」と信じもしたんじゃよ。

 それに、ぼやきやら嘆きやらが加わって、何ともはやアホらしいことですわ。「徳島にはなんにもない」やら言うて、やる気のある人に水を掛けておるばかりじゃ。自分からは徳島のいいとこを見つけることも、何もせんと「何ぞええこと、ないかいな」としよる。それこそが「ヘラこい」ということに、誰も気がついとらん。しんだいやっちゃ。

 周りを見てみなはれや。自分は苦労をせんと、人が努力した成果を「ええとこどり」するだけのやつもおろう? 「ずるさ」だけが見えてきて、これこそ「ヘラこい」の権化じゃ。そんな輩(やから)にだけは、なりとうないのう。

 人の素晴らしを褒めて、その努力の成果に拍手して学ぶことをしたらええんじゃ。ワイはそう悟りを開いたんよ。じゃから皆、元気が一番として、自分のできることを愚直にやって、誇れる成果を積み上げていかんで。そうしたら、誇れる故郷もでけるんでないで。

 最後に、「ヘラこい」の大将のように挙げられるんが、伊達政宗に「阿波の古狸(ふるだぬき)」と評された徳島藩祖・蜂須賀家政じゃ。関ケ原合戦のときに高野山に登って「日和見した」のを、「ヘラこい県民性」の象徴のように言われてきたよ。

 じゃが、ポジティブに評価してみたらどうじゃろう。自家保存の一大事、大変な時勢の中で判断した、最高の危機管理であったんじゃなかろうか。アッハハハ、皆さん、「したたかに」生きまひょうな。でも、ほれだけではねぇ…。(今の彦左衛門)

※しんだい=つまらない