徳島市の眉山山頂にある施設で、老齢の夫婦が閑談していた。2人が話の種にしているのは、窓際に設置されたばかりのパネル写真。徳島大空襲で焼け野原となった市街地がモノクロで写っている

 ガラス窓の向こう側には写真の景色の「今」が広がる。当時と今の様子を対比できて分かりやすい。夫婦の会話も昔と今の間を行ったり来たり。失礼を承知で、しばし聞き耳を立てた

 「すごい数の焼夷(しょうい)弾だった」「夜なのにまるで昼のようだった」と2人。「私はこの道を堤防の方へ逃げた」と写真をなぞる妻。あの道かと窓の外を指させば、夫は「わしはどう逃げたか覚えとらん。けど怖かった」

 空襲で街は焼き尽くされた。写真でも、壊れた建物がぽつぽつと点在しているだけ。でも視線を上げればビルあり、住宅ありの立派な街並みが見える。夫婦はこう言い置いた。「ほんまに、きれいな街になって」

 写真を撮影したのは立木写真館2代目の立木真一さん(故人)。大空襲直後、重い機材を1人で抱えて眉山を登った。「復興する日のために、この姿を撮っておかないと」。使命感が突き動かしたと、家族は言う

 きのうで大空襲から73年となった。今立木さんが同じ場所でファインダーをのぞいたとしたら、何を思うだろうか。涙で像がぼやけて、撮影どころじゃないかもしれない。