周りの人と違う気持ち 笠井友斗

 僕は、生まれつき手に障がいがあって、周りの人と少し違った生活をしています。今、僕の周りのクラスメイトや先輩たちは、ありのままの僕を受け入れてくれています。だから、これまで手のことでいじられたり、不快な言葉を投げかけられたり、いじめを受けたりすることは一回もありませんでした。しかし、学校以外の場所でこんなことがありました。

 僕は前からスイミングスクールに通っています。ある日曜日の練習の日、いつも通り水着に着替えて練習が始まるのを待っていた時のことです。一人の友達が、「この子、手の指が3本と4本なんでよ。」と、僕の手のことを周りの子たちに広めていました。案の定、それに驚き、珍しがって、僕の周りに4、5人の子が寄ってきました。

 突然、その中の一人が、「なんで指が3本と4本なん?」と、僕に質問を投げかけてきました。こんな質問は何度も聞いてきたのですが、そのたびに心の中が悲しくなります。その時は相手の子に丁寧に説明したけれど、心の中では、「別に自分でなりたくてなったわけちがうのに」と思っていました。

 「なんで僕だけこんな思いせないかんの」「僕も指が5本の方がよかった」そう思って複雑な気持ちになることは度々あります。でも、最近、もし5本の指に戻れても、今のままがいいと思うようになりました。その理由の一つは、もし指を5本にかえたとしたら、周りの友達から「なんで指を5本にかえたん」と聞かれるのが嫌だからです。体のことを僕だけなぜ説明しなければいけないのかと思うと嫌な気持ちになるからです。

 二つ目の理由は、今戻れても、これからの生活に苦労することになるからです。僕には、今まで親や周りの人に支えられながら、工夫して身につけてきた自分なりの生活や、勉強のやり方があります。例えば、リコーダーは、押さえる指が違うので、周りの人に聞いても教えてもらえないというデメリットはありますが、今から新しい指づかいを覚えるのはとても大変だと思います。スポーツをしている時も、今まで自分に一番やりやすい方法でやってきたので、これから違う動きをしなければいけなくなると、苦労すると思います。

 三つ目の理由は、「今までの苦労や体験が今の僕を作っている」ということに気付いたからです。先日の人権講演会で、僕はAさんに出会いました。Aさんは、「部落差別のことをたくさんの人に正しく知ってもらい、差別をなくす」ために活動しています。講演の中では、自分自身の苦しい体験や、お兄さんが受けた結婚差別について語ってくれました。その中で、Aさんの「違いがあっていいじゃないか」という言葉が、「誰にも差別されることなく、ありのままの自分を受け入れてくれているみんなと一緒に毎日生活している今、僕は十分幸せなんだ」ということに気付かされました。講演が終わった時、「自分もAさんのように差別をしない人間になろう」「差別をなくすために、自分にできることをしていこう」そんな気持ちになっていました。そして、「今の僕にできることはないだろうか」と考えました。僕は、自分にできることの一つとして、過去の自分が体験したことを話すことに決めました。僕が手のことで感じた心の痛みは、差別やいじめを受けた人の心の痛みと同じだと思うからです。この手があるからこそ、いろいろなことを深く考えることができたと思います。

 僕は手のことで何度も大阪の病院に通いました。そこでいろいろな人に出会い、僕と似たような人がたくさんいることを知りました。また、世界中に、様々な差別を受けて苦しい思いをしている人もたくさんいると思います。一人でも多くの人に差別について考えてもらい、差別をしたり偏見をもってしまったりする気持ちがなくなることが僕の願いです。

 これからも僕の指の本数は変わらないし、いつも通りの暮らしをすることになります。今、ありのままの僕を受け入れてくれている周りの仲間たちに僕はとても恵まれていることを改めて思いました。こんな周りの人たちとの関係を、これから先の僕の長い人生の中で、どこに行っても作っていきたいと思います。そして、僕を支えてくれている周りの人たちの想いに応えていくことが、今の僕がやるべきことだと分かりました。そのために、自分にとって困難なことがあっても、やらずにあきらめるのではなく、まず努力していきます。そして、友達や先輩、先生、家族という、自分の周りの人たちを大切にしていきたいと思います。