50年前の吉野川橋南詰め。看板の表記などが時代を感じさせる=1972(昭和47)年、本社所蔵写真

 この写真は50年前の1972(昭和47)年に徳島市の吉野川橋を南から撮影したもの。橋自体は今と同じようだが、周りを見ると時代を感じさせる。

 塗装工事の最中で、立てられた工事看板は手書きだ。足場は丸太。トラス部分に針金を使って固定している。車道の表記は「吉」が「吉(土に口)」になっている。歩道部分の車種表記にリヤカーがあるのも面白い。

 道路標示には「宮島」「土柱」とある。宮島は徳島市川内町の大字で、阿波十郎兵衛屋敷の周辺。当時はまだ吉野川大橋が完成しておらず、市街地からだとこの橋を渡り、北詰めの立体交差で橋の下をくぐって行くのがメインルートだった。

 土柱の表記は阿波町の観光地を案内しようとしたのだろうが、吉野川橋を渡って左折しても、当時の道路事情では迷路状態だったのではないだろうか。

 そもそも、道路標示に地名と観光地名が混在しているのが興味深い。