夏の甲子園には長らく徳島商と鳴門しか駒を進められなかったが、第50回大会(1968年)は鴨島商(現吉野川)、第53回(71年)は池田、第55回(73年)は鳴門工(現鳴門渦潮)と、新鋭校が次々と名乗りを上げた。

 第50回の鴨島商は、初戦の2回戦で盛岡一(岩手)と対戦。四回に連続適時打で2点を奪い逆転したものの、八回に3点を失い敗れた。4番を打った國岡恵治は卒業後、プロ野球の阪急(現オリックス)に入団した。

 第53回の池田は1回戦の浜田(島根)戦に競り勝ち、春夏通じて甲子園初勝利を挙げる。2回戦の県岐阜商(岐阜)戦は一回に1点先制するものの、六回から毎回得点を重ねられ大敗した。

 第55回は、春の選抜大会で4強入りした鳴門工が春夏連続で甲子園の土を踏む。1回戦で三重(三重)に圧勝したものの、2回戦は優勝した広島商(広島)に完封負けした。

 第58回(76年)、60回(78年)は徳島商が出場し、ともに初戦で敗れた。第58回は大会屈指の速球右腕酒井圭一を擁する海星(長崎)から三回、適時打で1点先制。八回に追いつかれ、十回に決勝打を浴びサヨナラ負けした。第60回は横浜(神奈川)の1年生左腕愛甲猛に4安打に抑えられた。

 5年おきの記念大会だけだった各県1代表が、第61回(79年)以降は毎回となる。同大会は池田が8強入りした春の選抜大会を上回る快進撃を見せた。初戦の2回戦は松商学園(長野)と戦い、川原公司の2点本塁打などで五回までに8点を奪い快勝。3回戦の中京(愛知、現中京大中京)戦は0―1の七回、4長短打と敵失で一挙4点を奪い逆転勝ちした。

 準々決勝の高知(高知)戦は集中打で二回に3点、四回に2点を取り序盤で試合を決めた。準決勝は、春の選抜大会で準優勝し、後にプロ野球で活躍する本格派の牛島和彦と「ドカベン」こと香川伸行の大型バッテリーを擁する浪商(大阪、現大体大浪商)と対戦。池田のエース橋川正人は、直球とカーブの緩急をつけた投球で浪商打線を手玉に取り、6安打無得点に抑えた。

 春夏連覇を狙う箕島(和歌山)との決勝では、永井宏一郎のソロ本塁打などで五回を終わり3―1とリード。六回に1点を許し、八回には失策絡みで同点に追いつかれ、1死一、三塁のピンチが続く。池田の橋川と岡田康志のバッテリーは初球スクイズを読み外角高めに大きく外したが、相手打者に飛びつくようにバットに当てられ、惜しくも逆転負けした。

 第62回(80年)は島田茂と秦真司のバッテリーが柱の鳴門が14年ぶりに出場した。初戦となる2回戦の前橋工(群馬)戦は延長12回にサヨナラ勝ちし、3回戦は優勝した横浜が相手。島田は愛甲と互角に投げ合い0―0で迎えた九回、三塁打に中継ミスが重なり決勝の1点を献上した。島田と秦は共に法政大に進学。秦は卒業後、島田は社会人を経てプロに進む。

 第63回(81年)に出た徳島商は、1回戦で横浜と戦った。延長13回までもつれ込んだものの、3年前の雪辱は果たせなかった。(敬称略)

大 会(開催年) 出場校 試 合 対 戦 校 スコア 第50回(1968年) 鴨島商 2回戦 盛岡一(岩 手) 2―4 第53回(1971年) 池 田 1回戦 浜 田(島 根) 5―4     2回戦 県岐阜商(岐 阜) 1―8 第55回(1973年) 鳴門工 1回戦 三 重(三 重) 13―3     2回戦 広島商(広 島) 0―3 第58回(1976年) 徳島商 1回戦 海 星(長 崎) 1―2 第60回(1978年) 徳島商 2回戦 横 浜(神奈川) 2―10 第61回(1979年) 池 田 2回戦 松商学園(長 野) 9―2     3回戦 中 京(愛 知) 5―2     準々決勝 高 知(高 知) 5―1     準決勝 浪 商(大 阪) 2―0     決 勝 箕 島(和歌山) 3―4 第62回(1980年) 鳴 門 2回戦 前橋工(群 馬) 4―3     3回戦 横 浜(神奈川) 0―1 第63回(1981年) 徳島商 1回戦 横 浜(神奈川) 1―3

 ※鴨島商は現在の吉野川。鳴門工は現在の鳴門渦潮。中京は現在の中京大中京。浪商は現在の大体大浪商