徳島藩家老益田豊後(ましだぶんご)は1633(寛永10)年、海部郡の領民を苦しめた罪で領地を没収され、名西郡大粟山(現神山町)に幽閉された。その罪とは、どのようなものだったのか。

 豊後は藩の政治をわが物にした。領民に重い税を課し、領民たちは集団で土佐に逃げ出したり、餓死したりした。16カ村の役人と村人32人は藩に「豊後に仕えたくない。別の場所に移動させてほしい」と上申書を提出した。豊後の政治に対し、組織的に公然とノーを突き付けたのだった。

 2代藩主忠英(ただてる)は…

徳島新聞電子版への会員登録・ログイン
続きを読むには徳島新聞電子版への登録が必要です。紙面購読されている方は電子版併読プラン、購読されていない方は電子版単独プランにお申し込みください。