「昆虫食」が今、注目を集めています。牛や豚と比べて飼育時の環境負荷が小さく、サステナブルな食材として世界各国でスタートアップが生まれているほか、昆虫食レストランも人気を博しています。徳島にも食用コオロギを生産するスタートアップがあります。2019年、徳島大でコオロギを研究してきた渡邉崇人さんが仲間とともに設立したグリラス(本社・鳴門市)。無印良品のヒット商品「コオロギせんべい」を良品計画と共同開発したり、自社商品のプロテインバーが都内のコンビニで扱われたりと、設立3年にして国内の食用コオロギ市場を牽引する同社。生産拠点としている美馬市美馬町の旧芝坂小学校校舎を訪ね、渡邉さんにグリラスのこれまでとこれからを聞きました。初回は、渡邉さんとコオロギの出合いについて。(聞き手・木下真寿美、撮影・立花善晴)

渡邉崇人(わたなべ・たかひと) グリラス代表取締役CEO兼CTO。徳島大学バイオイノベーション研究所の講師。1984年、徳島市生まれ。徳島大学大学院博士後期課程修了後、徳島県立農林水産総合技術支援センター主任研究員などを経て2019年、グリラスを起業した

 ― 徳島大でコオロギの研究をしていた野地澄晴名誉教授(前徳島大学長)の下、研究を始められたんですよね。野地研究室を選んだのはなぜですか。

 深い理由はなくて、ただ単純にレアな研究、つまりやってる人が少なくて、なおかつ先端的な研究をしていて、日本国内じゃなくて世界と戦っているところがよかったんです。

 僕が入学したときは「工学部」と呼ばれていた時代で(現在は「理工学部」と「生物資源産業学部」に分かれる)、その生物工学科に入りました。バイオテクノロジーを学ぶ学科ですね。もともと生き物が嫌いじゃなく、面白そうだな、と。

 ― 野地名誉教授はコオロギ以外の生物の研究もしていたかと思います。その中からコオロギを選んだ理由は。

   マウスやニワトリも研究していました。ラボ(野地研究室)に入ると、面接があるんです。聞かれたのは「何がやりたくないのか」ということ。「コオロギとマウスとニワトリで、やりたくないのはどれや」と。僕は「何でもいいです」と答えました。虫が苦手だったりという理由で、「コオロギだけはやりたくないです」という学生が多いんです。僕は別にコオロギでもいいと思っていましたし、結果として良かったわけです。

野地教授(当時)らの研究成果を紹介する2010年8月27日の徳島新聞朝刊。共同研究者に名を連ねる三戸太郎助教(当時)はグリラスの創業メンバーでもある

 ―学部生時代に、研究者など目指していた道はありましたか。

 期待された答えじゃないかもしれませんが、すみません、特にないです(笑)。実家が飲食店を経営していて、「僕が継ぐんだ」と考えていました。中学生、高校生の頃から父親の隣で料理をして、手伝ってたんですね。嫌いじゃなかった。研究者になるつもりはなかった。ただ、僕が大学1年のときに父が体を壊して、誰かが代わりに店に入らないといけなくなったんです。僕は「大学は卒業しなさい」と言われて、兄が店に入った。でも大学1、2、3年生のときには店をすごく手伝ってましたよ。月、火、水、木、金、土と。

 もともとマスター(大学院修士課程)には行こうと思っていたので、進学しました。就職活動の時期になると、同期から「研究職なんて無理無理」という声が聞こえてくる。僕はそのとき、なんで研究者としてやっていくのが無理なのかが分からなかったんです。だって、当時だってやれているし、ドクター(博士号)を取ってる人を見ても(自分たちが)別に劣ってるとも思わない。マスターを修了して就職しても結局、一介のサラリーマンじゃないですか。であれば、ドクターに行って、いけるところまで研究者としてやってみようと思ったんです。

 ―研究していた分野は発生生物学ですよね。基礎研究からビジネスに舵を切ったきっかけになる出来事が何かあったのでしょうか。

 コオロギの形がどうやってできるかを遺伝子に着目しながら研究していました。ただ、発生生物学の基礎研究をやっていても、研究費が取れなくなってきて、先細っている感じがしたんですね。「コオロギの形ができる研究をして、何の役に立ってんねん」と言われるんです。周囲の人もそうだし、研究費の申請を出すと審査官もそうしたことを言う。「大学も社会の役に立つような研究をしなさい」というのが国の方針でしたが、コオロギの基礎研究だと「そこが見えない」と。

 ということは、コオロギを社会に役立てるなら、つまり産業化するなら、お金をつけるんですね、ということです。(創業の5年ほど前に当たる)2013~15年ぐらいは、どうやってコオロギを社会に役立てるかを考えていました。

生産拠点としている旧芝坂小学校の校舎(美馬市美馬町)

 グリラス 徳島大学での30年のコオロギ研究をベースにしたスタートアップ。本社は鳴門市で、美馬市にある2つの廃校を生産・研究拠点にしてる。高生産性コオロギの開発やアレルゲンの少ない品種の確立をテーマに研究を進めているほか、食用コオロギの生産、食品原料や商品の開発・販売までを一貫して国内で行う。累計資金調達額は約5・2億円。社名の「グリラス」は、フタホシコオロギの学術名である「Gryllus bimaculatus」に由来する。

 

グリラスのビジネスが成長したきっかけとは?インタビュー〈2〉は「無印良品のコオロギせんべいが社会の雰囲気を変えた