孤児院で育ち、20世紀を代表するデザイナーに駆け上ったシャネルがこんなことを言っている。<二十歳の顔は自然がくれたもの。五十歳の顔には、あなた自身の価値があらわれる>「ココ・シャネルという生き方」(KADOKAWA)

 50歳になったわが顔を見て、いささかも照れずにいられる人は、どれほどいるだろう。少しゆがんでいないか、と鏡を責めてもどうにもならない。成功も失敗も、喜びも悲しみも染み込んで、人の顔はできていくものらしい

 俳優の加藤剛さんといえば、端正な顔立ちがまず目に浮かぶ。正義とか誠実といった言葉が何より似合った。テレビドラマ「大岡越前」の南町奉行・大岡忠相は当たり役となり、人の情けを知る名裁きを30年にわたって続けた

 代表作の映画「砂の器」(野村芳太郎監督、1974年)は、かつて社会に存在した、すさまじい差別と偏見が底流にある物語。ハンセン病の父を持つピアニストが、因習にまみれた過去から逃れようと人を殺してしまう、難しい役柄を演じきった

 俳優は「人間の心を扱う仕事」と言う。役の生き様を体に呼び込み、舞台や撮影に臨んだ。人生の味わいは、むしろ悩みや苦しみの中にある。それが、あの端正な顔を彫り上げたのだろう

 深い哀しみを引き受けられる、そんな顔の役者が、また一人去った。