寛子さんの写真を見ながら今の心境を話す福岡さん(右端)と松崎さん夫妻(左側の2人)、深川さん=三好市山城町下川の市営住宅山城永美団地

 西日本豪雨で、1世帯を除く17世帯32人が避難した三好市山城町粟山地区では現在、3世帯5人が自宅で暮らす。7世帯11人は今も市営住宅などに避難し、先行きに不安を抱えている。それぞれの住民の思いを聞いた。

「地区に帰っていいものだろうか」

 粟山地区の北東約15キロ。国道32号沿いにある市営住宅山城永美団地(山城町下川)では2世帯3人が避難生活を送る。

 豪雨直後から団地で暮らす福岡清延さん(81)の悩みは尽きない。「地区に帰っていいものだろうか。1人だから死んでもいいか。子どもや親戚の考えもある。いろんな思いが巡る」。帰るには全壊した家を建て直す必要がある。ただ何年暮らせるか分からない。かといって、ここで住み続ける気にもなれない。

 一緒に避難した妻寛子さんは2020年1月、病気で亡くなった。76歳だった。「相談するのも子どもと女房とでは違う。(亡くなった)今はそれもできない」。テレビを見ながら、今も寛子さんが隣にいる気がして話し掛けてしまう。

かかりつけ医は池田に

 松崎安好さん(90)、勝子さん(80)夫妻も答えは出ない。2人とも足が悪く、勝子さんのかかりつけ医は池田町にある。体調が優れない安好さんを介助する必要もある。住み慣れた集落は山深く、道路が復旧しても救急車はすぐには来られない。「60年、70年暮らした粟山に帰りたい。だけど家は修理が要るし、元の生活ができるだろうか」

 一方、集落で福岡さんの隣に住んでいた深川繁好さん(67)は団地に住み続けると決め、特例で免除されていた家賃を昨年から払っている。一緒に入居した母サチ子さん(87)が池田町の病院に入院。面会などのために交通の便がいい団地での暮らしを選んだ。帰りたいのは福岡さんや松崎さん夫妻と同じ。しかし、「近年の雨は降り方が極端。再び災害が起きるかもしれない怖さがある」と心境を明かした。

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