瀬戸内寂聴著「私解説」

 <日本には私小説(わたくししょうせつ)と呼ばれる小説の方法がある。それなら「私解説」というのもあっていいのではないかと思い、自分の小説の解説を作者自身で書いてみようと思いたった>

 こう書き出される本書は、徳島市出身の作家・瀬戸内寂聴さん(1922~2021年)が書き継いできた小説群(一部随想を含む)について、自ら読み解いた渾身(こんしん)の一冊である。

 取り上げられているのは初期の「花芯」や「夏の終り」、女性伝記小説「かの子撩乱」「田村俊子」、自伝的な「いずこより」「場所」、釈尊の生涯を新たな視点で描き出し、<この世は美しい 人の命は甘美なものだ>と言わしめた傑作「釈迦」など、代表作をほぼ網羅している。

 それもそのはず、これらの玉稿は2001年、2022年に新潮社から順次刊行された「瀬戸内寂聴全集」(第1期、全20巻)に付されていたのだから。赤い箱入りの、あの全集である。こうした全集が刊行される場合、読者サービスとして「月報」や「編集報」が付録になっていることがよくある。だがサービス精神旺盛な、そして書くことがなによりも大好きな瀬戸内さんは、「私解説(わたくしかいせつ)」という形で自ら筆を執ったのだ。

 徳島県立文学書道館の学芸員で、瀬戸内さんに40年来師事してきた竹内紀子さんは「全集が刊行されていたときは、毎巻の解説を読むのを楽しみにしていました。あの作品には実はこういう背景があったのか、こんなモデルがいたのかなど、初めて知らされることも多かったですね」と振り返る。コアな瀬戸内さんのファンには知られた存在ではあったが、このたび生誕100周年を記念して出版され、一般読者にも入手が可能となった。

 本書には、世の読書ファン、あるいはもの書く人間をうならせる至言がちりばめられている。

 たとえば「青鞜」で活躍し、関東大震災の混乱の中、アナキスト大杉栄とともに虐殺された伊藤野枝を取り上げた「美は乱調にあり」の取材を巡り、こう記す。<ものを書く時、ゆかりの土地へ行き、その大地の記憶の声を聞くという私の手法というか身についてしまった主義のようなものが、早速私を博多へと旅立たせたのであった><たくさん聞いた話の中で、忘れていることもある。そんな時、私は自分の太いアンテナに引っかかった話だけが重要で、忘れてしまった話は細いアンテナにかかったのだと思い、切り捨ててしまう。概ね、それで不都合はなかった>。

 あるいは、<二十五歳の家出と、五十一歳の出家が、私の八十年の生涯の最も大きな「事件」であった>。。この辺りの言葉のセンスは、流石(さすが)といおうか。 

 母親と祖父の命を奪った徳島大空襲について何度も触れられているのも、われわれ徳島県民としては忘れがたい。

 ところで冒頭で紹介した一文。紀貫之「土佐日記」の有名な<男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり>を意識した書きぶりにも思えてきたが、どうだろう…。

 「私解説 ペン一本で生きてきた」は新潮社刊。1600円(税別)。

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