廃止後、レールが取り外される鍛冶屋原線=1972(昭和47)年、本社所蔵写真

廃止後、レールが取り外される鍛冶屋原線=1972(昭和47)年、本社所蔵写真

 今年5月、JR四国が線区別収支と営業係数を公表した。営業係数とは、100円の収入を得るためにかかる経費を表した数字。かつて国鉄の赤字ローカル線が次々と廃止された頃、頻繁に使われた用語である。

 慢性的な赤字に陥っていた国鉄は1968年、国鉄諮問委員会からローカル線83路線を選定され、廃止を促された。写真は選ばれた路線の一つ、鍛冶屋原線。板野駅(板野町)―鍛冶屋原駅(上板町)の6・9キロを結んでいた路線は72年1月に廃止され、間もなくレールが撤去された。

 23年に開業した阿波電気軌道・上板線が前身。35年に国鉄・高徳線の開通とともに鍛冶屋原線となった。戦時中の43年にいったん休止し、戦後の47年に再開した路線は、半世紀の歴史に幕を下ろした。 

 廃止が決まった頃の営業係数は511だった。選ばれた83路線のうち72年までに廃止されたのは11にとどまったものの、80年代の国鉄改革で次々と姿を消した。