三好市出身の映画監督蔦哲一朗さん(38)=東京都在住=が、県西部から香川県の農家に農耕用の牛を貸し出していた古い慣習「借耕牛(かりこうし)」を題材に製作を進める長編映画「黒の牛」の春季撮影を終え、徳島新聞のインタビューに応じた。映画は、住む山を追われた狩猟民の男が牛と出合って農耕を始め、牛と共に田を耕しながら自然とのつながりを取り戻そうとする暮らし描く。三好市池田町の黒沢湿原を中心に四国4県で行ったロケを振り返るとともに、作品へのこだわりなどを語った。(聞き手=植田充輝)

メガホンを手にして撮影を指揮する蔦哲一朗監督=三好市の黒沢湿原

 ―地元三好市などでの春季撮影(5月11日~6月13日)の手応えは。

 主人公が山を追われ、農耕という新しい価値観の世界に入っていくまでの過程を撮りました。もう作品の7割ぐらいは撮ったんですけど、スタッフのおかげで全体的にかなり面白い映像が撮れたんじゃないかなと思っています。ただ、天候がなかなか思い通りにいかなかったこともあって、感覚的に物足りなさも感じていて、まだまだ面白いものが撮れるんじゃないかなとも思っていますね。

 ―台湾を拠点に活動する俳優の李康生(リーカンション)さんが主人公を演じた。

 李さんにとっては普段撮っている都会的な映画とは全然違うので、体当たりの演技になったと思いますけど、その特有の表情で語ったり、動きだけで想像力をかき立てたりする演技を存分に発揮してくれたかなと思います。僕が思っていた以上にユーモアのある人で、そのユーモアがアドリブも含めて要所要所に出ているんですよ。

5月11日にクランクインした蔦哲一朗監督(右)と主演の李康生さん=三好市の黒沢湿原

 ―作品には人間と自然との共存というテーマが込められている。禅宗の悟りに至る道程を牛で表した10枚の図「十牛図(じゅうぎゅうず)」から着想を得たそうだが。

 「十牛図」自体は人間と自然の共存に関する思想はないんですけど、なぜか個人的にはそれに近いものを感じたんです。人間がいなくなった世界や社会をどう描くかにもつながるかなと思って着想が広がっていった。世の中の流れとして自然回帰という考えがあっても、自然の厳しさや地元住民との人間関係もあって、なかなか理想の生活を実現しづらい。映画では、自然とのつながりを失った男が、田畑を耕しながら、再びつながりを取り戻していく。そういう意味で、自然に回帰したい、つながりを取り戻したいと願う人たちへの応援という思いもあります。

 ―同じテーマと舞台だった「祖谷物語」を撮ってから10年がたった。

 当時は本当に若くて、祖谷というロケ地の力を借りて、勢いだけで撮った部分があったんですよ。でも今回は構想に5年ぐらいかけているので、自分がどういう映画を撮りたいのかを多少は考えたり、人の意見を聞いたりしましたね。だから自分がこれまで影響を受けてきた映画のシーンを無意識に引用していた当時と違い、意味合いを考えながら、もっと意識的に撮っています。とにかく良い映像を撮るというより、必ず李さんを画面の中に入れるとか、実景だけの映像を撮らないとかのルールを決めて撮りました。それが良い方向に出るかどうかはまだ分からないですけど、作品に込めた哲学を感じてもらえるとうれしいですね。

牛の福代と撮影を行った李康生さん(右から3人目)と蔦哲一朗監督ら=三好市の黒沢湿原

 ―撮影でこだわったのはどんなところか。

 自然描写にはこだわりましたね。自然が物語に大きく影響してくるので、映像の中に全て入れられたらと思って、雨や風のシーンをぎゅうぎゅう詰めにしています。特に地元(三好市)の消防団に協力してもらった雨降らしのシーンは今回一番の勝負カットでした。男と牛が息を合わせて一つのものを成し遂げていくカットで、冬に撮るその後のストーリーへとつながる重要なシーンでもあったので力が入りました。
 撮り終えた映像を見てみると、溝口健二監督の「雨月物語」(1953年)や新藤兼人監督の「裸の島」(60年)に近いものになっているかなと思いますね。特に「裸の島」のようにせりふがなくても、ずっと見ていられるものになるようには意識しています。

 ―秋に台湾、来年2月からは再び三好市などでの冬季撮影を控える。今後に向けて意気込みを。

 後半は、十牛図で言うと7~10枚目を撮っていく感じですかね。それに、もう少しシナリオを練り直したり、一回つないだ映像を見たりして、補足できる箇所があればしていきたい。今回撮った以上の勝負カットみたいなものが撮れたらと思っています。
 僕が今回やろうとしていることは、古典的な映画を踏襲しつつも、自分のオリジナリティーもある新しい映画を模索していくことなんです。エンターテインメントという枠組みではなく、映画というジャンルを超えて、すごいものを見たなと思えるレベルの作品に持っていければと思います。

冬季撮影に向けての準備に取り組んでいる蔦哲一朗監督=三好市の黒沢湿原