磯田道史著「天災から日本史を読みなおす」

 著者の磯田道史さんは歴史学者で、現在は国際日本文化研究センター教授。映画「武士の家計簿」「殿、利息でござる!」の原作者でもあり、テレビの歴史番組では引っ張りだこの人気者だ。

 そんな磯田さんの母方のルーツは徳島県牟岐町にあり、母親の和子さんが昭和南海地震(1946年12月21日)に遭遇。九死に一生を得ている。歴史学者の立場から地震、津波、火山噴火、異常気象など、防災史を調査・研究している磯田さんの「原点」ともいえる出来事である。

 本書の第5章「津波から生きのびる智恵」では、当時2歳だった母・和子さんの被災体験を中心に、牟岐町を含む海部郡の人々が「先人の知恵」を生かしながら、どう対応したかについて詳述している。

 岡山に住んでいた和子さんは、妹が生まれたばかりだったため、牟岐の祖父母の家に一時的に預けられていた。暗い時間帯に大きな揺れが起き、一家は「山へ逃げろ」と裏山めがけて一目散に駆け出した。歴史上何度も地震・津波に遭ってきた海部郡の住民は、揺れの後には津波が襲ってくると知っており、「高台へ逃げろ」という教訓が言い伝えられてきたからだ。昭和南海地震では牟岐町で52人が亡くなり、流失家屋も100戸を超えた。

 津波に追われながら、和子さんの一家10人は歩いて230歩ほどの海蔵寺を目指す。だが、そうした混乱のさなか、12歳の叔母に連れられていた和子さんが離れ離れになる。「和子が津波にのまれた」と親類が顔色を失う中、当の和子さんが、山の石段をニコニコと降りてきたというのだ。つまり大人たちより先に、海蔵寺にたどりついていたわけだ。不思議なことが起こるらしい…。

 磯田さんは母親から、この話を繰り返し聞かされて育った。<どうも、私には、ややこしい血統的家庭的背景があるらしい。津波をかいくぐってきた祖先たちが関係しているのか、「危ない」を事前に察知する話に、どうしても、関心をもってしまうのである>と本書に書いている。

 本書が縁となり、磯田さんは2016年11月に牟岐町で開かれた「昭和南海地震70年フォーラム」で講演。翌年3月には牟岐小学校を訪れ、小中学生に講演している。地元の子どもたちにも、津波・地震に関する「先人の知恵」の大切さや、災害に関する史実や教訓を古文書から読み解く面白さが伝わったことだろう。

 本書ではこのほか、天正地震(1586年)、慶長伏見地震(1596年)と2度の大地震に見舞われた豊臣秀吉と、その周辺の戦国武将らの動きを古文書をもとに解説するなど、読みごたえがある。2014年の出版後、たちまちベストセラーになり、日本エッセイスト・クラブ賞も受賞している。

 磯田道史著「天災から日本史を読みなおす 先人に学ぶ防災」は中公新書。760円(税別)。

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