国道192号に設けられた八百屋町競演場。観覧席9段、全長140メートルの巨大演舞場だった=1964(昭和39)年、本社所蔵写真

 東京五輪が開催された1964(昭和39)年。徳島市の阿波踊りでは、増え続ける観光客に対応しようと、国道192号の元町交差点と両国交差点を結ぶ「八百屋町競演場」が設けられた。

 全長140・4メートル、鉄パイプ製の観覧席は9段あり、6000人を収容できる巨大な競演場。ちょうちんに照明が入るとナイターの球場のように見えたという。

 ほかに、県外からの宿泊観光客を優先する両国公園特設競演場も設置された。こちらはコの字形で全長265メートル、4000人の観客を迎え入れた。さらに新町橋にも2000人収容の競演場が造られた。

 この年は酷暑に加え、日本脳炎が流行し、昼間の阿波踊りはほとんど行われなかった。また最終日は台風14号の影響で風雨の中での開催となった。それでも8月20~23日の4日間、150万人の見物客でにぎわった。

 八百屋町競演場は駅から近いとあって好評だったが、長さが通常の競演場の倍もあって踊り子には不評だった上、国道をふさいで車の通行を妨げたため、64、65年の2年だけで廃止された。