「ナガレ」。ニューヨークの世界貿易センター前にあった巨大彫刻の「雲の砦」は、流政之さんの名を世界に広めた。あの2001年の米中枢同時テロによるビル崩壊後も形をとどめ、「要塞のようにテロに耐え、雲のように消えた」(米メディア)

 3年後、札幌市に再現した際、こう語っている。「殺し合いのない世界になるよう、歴史の記憶としてもう一度つくった」。零戦のパイロットとして終戦を迎え、「漂泊の旅人」と称された流さん。作品に託したのは平和だった

 人と人が行き交う場、学ぶ場、美術館・・・と、徳島県内にも、その足跡が残る。例えば新聞放送会館玄関の「えっとぶり」、徳島市役所前市民広場の「えらいやっちゃ」。玉磨かざれば光なし。磨き抜いた漆黒に、その場を収めているような存在感がある

 城南高校にあるのは「あばばい」。「まぶしい」「まばゆい」との意味だ。共通するのは、いずれも阿波の方言を使った、還暦後の作品であること

 かつて「雲の砦」を仰ぎ見たという彫刻家の河崎良行さん(82)は流さんから助言を受けた思い出を引き、述懐する。「日本の伝統的なフォルムを大切にし、詩的さも忘れなかった」と

 ぎらぎらした目の奥には、毅然さと独特のユーモアが同居していたのかもしれない。人を引き付けてやまなかった彫刻家が逝った。