「沖縄平和ネットワーク 大島和典の歩く見る考える沖縄」

 元四国放送ディレクターの大島和典さんは、退職後の2004年に沖縄に移住。平和ガイドとして、修学旅行生や市民グループの人たちに、沖縄戦の戦跡や米軍基地などを案内してきた。ガイドを務めた回数は、14年間で1000回を超えるという。体調不良のため2017年にガイドを引退したが、ガイド時の音声テープや手作りの資料などを基に編まれたのが、本書である。14年間のガイドの「集大成」とも呼べる内容だ。

 大島さんが案内したのは、沖縄戦の犠牲者24万人の名を刻む「平和の礎(いしじ)」をはじめ、沖縄平和祈念資料館やひめゆりの塔、魂魄(こんぱく)の塔、住民らが避難した自然洞窟「轟壕」などの南部戦跡が中心だ。その多くは糸満市に集中している。沖縄戦の終結間際、「島尻」と呼ばれるこの地に多くの民間人が追い込まれ、米軍の艦砲射撃や地上での爆撃で命を奪われたことが分かる。そして、自ら命を絶った多くの沖縄人(ウチナンチュー)がいたことも。

 一方、米軍基地関連では「世界一危険」とされる普天間飛行場や、極東最大の空軍嘉手納基地、さらに、ジュゴンの棲む海を埋め立てて新基地建設が進む名護市辺野古など、那覇以北の本島中部に多い。今も、国内の米軍施設の70%が沖縄に集中し、事故や事件が後を絶たない。現地を訪れ、歴史を学べば、「戦前」の沖縄戦と「戦後」の米軍基地問題が「地続き」であることがよく分かる。

 本書はそうした沖縄を取り巻く課題について、ガイド時そのままに、中学生や高校生に丁寧に聞かせるような語り口で編集されている。まるで大島さんと一緒に現地を歩き、沖縄戦や基地問題を学んでいるように理解が進む。

 大島さんの父・初夫さんは戦争末期に満州で召集され、沖縄戦で戦死している。享年33。平和の礎には香川県出身として、その名が刻まれている。戦争遺児である大島さんは「なぜ、父親は沖縄で死ななければいけなかったのか」「沖縄戦とはいったい、なんだったのか」「戦争を起こさないためには、食い止めるためには、私たちはどうすればいいのか」と問い続けた。本書を手に取る読者にも、一緒に考えてもらえればと思う。 

 筆者もかつて、大島さんにマンツーマンでガイドをしてもらった。沖縄慰霊の日(6月23日)の前後に、ガイドの様子を取材したこともある。いわば、大島さんの「弟子」を自任する一人である。沖縄の歴史や風習、自然、言葉(例えば、母音の「アイウエオ」を「アイウイウと発音する云々)などについても、いろいろ聞かせてもらった。特に食べ物には随分とこだわりがあり、ソーミンチャンプルー、スクガラス豆腐、沖縄そば、タコライスなどのおいしさを教わった。

 燦燦(さんさん)と照りつける沖縄の日差しの下、大島さんと過ごした時間が懐かしく思い出される。筆者にとっては、そんな一書なのである。

 「沖縄平和ネットワーク 大島和典の歩く見る考える沖縄」は高文研刊。1600円(税別)。

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