人は死に直面するとさまざまな思いを抱くとされる。安穏だったり、悔しさだったり。感謝や無念かもしれない。国文学者の西沢正史さんは人が最期に残す「辞世の言葉」にはそんな感慨が結実し、文学的な感動があると評している
広く言い伝えられている辞世の言葉は、なるほど一様ではない。作家の島崎藤村は自宅で妻に「涼しい風だね」と2度語り、息を引き取った。どんな感情を込めたか不明だが、詩的である
武士の時代には、短歌や俳句が多い。<風さそふ花よりもなほわれは又春の名残をいかにとやせむ>。忠臣蔵で有名な浅野内匠頭の辞世の歌には「この世の名残をどうしたらよいのか」との未練がにじむ
信念に満ちた歌なら戦国武将の娘・細川ガラシャの<散りぬべき時知りてこそ世の中の花も花なれ人も人なれ>。人質になるより死を選び、「人は死ぬ時を心得てこそ美しい」と潔い
オウム真理教の元幹部7人が死刑に処され、あすで2週間になる。首謀者と目された教祖の男は裁判で奇異な言動を繰り返すだけだったが、いまわの際に一言もなかったか
遺骨の引き取りを四女に指定したという。ならば他に何か言い残したのではと思うが、伝わってこない。戦後最悪の組織犯罪だった。文学的要素など要らない。まともな感情をせめて残さなかったのかを知りたい。