盆(ぼに)に入ったけんかしらん、今日は人が多い。いつもやったらほとんど来ん家族も、よう悪そしよう子供も、眉山や眉山、初めて登ったや言よって、銘々(めんめら)息苦しいないんか、ほうかもしれんけど、こん時期にしか会えんのんかしらん、なんやマスクで顔もよう分からんけど嬉(うれ)しそう。パゴダの近くの空に大(おう)きい穴あいて、ほっから射しとうひかり、中洲の埠頭(ふとう)照らしとってよう見える。夏場んなったら港に積みあげとう網に蚊のこんまいんや孵(かえ)りかけとうなんや、ど気色悪いんが集(たか)りっちゃして、瘧(おこり)やかかるぞ、もう使いもんならんわ、油がしゅんどうけんよう燃えるぞや言うて、あばさかった音吉や、油拭った端布や投げいれて火つけた。ぼっと鳴った思ったら、音吉の着とるお古に燃えうつって、慌てて岸から飛びこんみょった。落ちくれたんか、いけるんか。港で涼んどる人らが寄ってきてなんや騒ぎんなって。怪我(けが)はせんかったけど網やもう使いもんならんようになったけん、おとんに怒られるわ、どえらい目食らうわ思ったら案外優しかって、ほれがずっと、心に残った。

受賞作「眺め」に登場するパゴダ。眉山の山頂にある=徳島市内

 焼けくさし。焼けくさしの魚から漂う臭気。どっきゃかしから臭(にお)ってくる。どこでやった、嗅いだことある臭い。あれや。鱵(さより)か。ほうか? 肥の臭いもする。くさいわ。えらいくっさい。誰の肥や。誰のうんこや。ように思い出せんけど、子供の時分おとんとよう釣りにいった鱵の、自転車に括(くく)りつけとう箱に、外れにあった氷屋の氷入れてほれ一杯ぎちぎちに、日に五十も百も釣ってきたん縁端に置いて、まだ音吉やちっこかったのにひっついてきて、高知や高知、高知まで行ってくる、土佐の高知や、わけわからん、ごじゃばあい言うけん頭叩(たた)いたら泣いた。おかんも解けよう氷の魚見てこれ料(りょう)るんかって、ほんでも楽しかったんか面白(おもっしょ)そうに、日捲(めく)りに魚の頭、数えたん書いとって月の終わりにほれまとめて、おかんや細(ほっそ)い魚捌(さば)くん嫌やったけん、近所におった壽美ちゃんに代わりに捌いてほしい言いにいっても壽美ちゃん、戸に嵌(は)め込まれとう磨硝子越しに、これだけは触りたくない、細いけんようやらんわよ、手間食いやって。捌くん嫌でさいさいまありに配りだしても貰(もら)ってくれるんや最初だけで。焼いたりもしよったけど、よう焦がっしょって、ほのうち黙って庭に柿の木のでっかいんあったん覚えとうかえ?

 ほの木ん下、埋めだして、肥や思ってなんも言わんかったけど、音吉や子供やけん、そんなん知らんけん、おとんに見とるままぜんぶ。おかん、ほいよんかって、言われよったけど、ほの日からおとんと釣りいっても、包丁と俎板(まないた)持っていって、なにするんか思ったら釣ったそばから頭だけ落として、海に投げよった。魚の生きとんだけ見てもあわれやって。いつか、夏の夕方(ゆんがた)か、戯(そば)への後に、野良が庭の埋めたん掘り返っしょって、穴ん中から腹の半端に裂けとんや、木末の折れとんに青銅鉦(かね)の幼虫、絡みついとんや、焦げてびいやぐちゃぐちゃに食い破られとる鱵だったんが、うんこのこびりついた臭いと混ざって大量に出てきて、地獄やった。

 さっきから、どこんどいつが喋っとんか知らんけど、うるさいけん、黙っとってくれんか。唾に粘っ気があるけんかしらん、やったら臭うし、何日も歯磨いてないんやろ。くさいくさいや言ようけど、あんたが一番くっさい。柿の木や、覚えとるか訊かれてもわからんわ。まあ、さっきからなん喋っても聞こえとらんようやし、自分の声も一緒んなって、鳴りっちゃしてうるさいわ。ほんで、ばんざーい、ばんざーい。聞こえてくるん。なんも見えんわ。ばんざーい。うるさいわ。川の音ん奥、万歳や、何人も叫んどる。さっきまで見えとった。握った手突き上(つっきゃ)げて、嵩(かさ)たっかい川ん中、流れ早いけん抵抗しとっても下(しも)の方に追いやられとる人。暗いうちに渡ろうと丸太にしがみついたまま、泳げんや言う人。万歳や叫びながら、大砲抱えたまま流されとる人。音ばあい聞こえてきてうるさあてどうしょうもないわ。ほんでまた、またどっか、なごい夜ん川、叩くしぶきの音もする。兄やん。兄やん。遠くから遊び疲れとる、音吉の声もする。兄やん。うるさいわ。まだ暑いけんて膝まで水に浸(つ)かって、こっちのこと呼んどる。兄やんも浸かりや。気持ちいいけん。呼ばれとうまま苔(こけ)の石段滑(すべ)らんように入ったら、川ん底から水が噴き出しとって砂利巻きあげとう。足裏をほこのほん上、持っていったらつべたいんが当たってすんぐに跳ねのけた。もっぺん踏んだ底んイワタに、小石やあって痛かったけど、兄やんよう見い、言うけん見たら、大ぶりの大和蜆(しじみ)が八つ。持って帰ってうっすい貝汁になったけんど、いらん、いらん、ほんなんはどうでもようて、なんで、ほんなこと思い起こっしょんか、まだずうっと、水叩くしぶきの音がする。たすかに記憶ん中ある音が、聞こえた思ったら通り過ぎていっきょる。どっか、どっかえらい、えらいくらい、暗い生け簀(す)の隅から隅、まありまあった鯛の臀鰭(しりびれ)が水ん叩く。――乙女の鈴の声にひかされて、戎(えべ)っさんが浮いてきた。謡方の声もしよる。いつもやったら誰っちゃおらん浜が、酒盛りの見物しよう人でにんぎゃしい。朝こっしゃえた舞台から、和竿(ざお)を持った戎人形が半身乗り出しとって、伸びた釣り糸を客席に垂らした。客席の隅でほれ待っとったおとんが生け簀のなると鯛、ひっ捕まえて針を吻に掛けよう。暴れる鯛に浜がまた盛り上がる。うるさい。終演してから、おとんと人形使いがなんぞ喋っとるけど、ほん頃には、もうなんも聞こえん。

 正月(しょんがつ)から水屋で転けて、頭かち割って寝込んどったおとんが子供ふたり連れて、眉山の天こ、連れてってくれたことがある。いんや、連れてこうとして、じゃらくれた子供ふたり乗せた自転車が道の途中でめげて、どくれた音吉見兼ねて町の中散歩するだけんなった。滝見たかったや言う音吉に、屋台やなんやかし売いようし、眺めやいいぞや重ねて、おとん困らせた。

 川に係留されとう現地の渡船は全部めがれとって、乗れるやつやいっちょもなかった。

 身ひとつで泳いでも、夜や暗いけんよう泳がんやつや流されて土左衛門なっとるか、流される前に英兵に撃たれるんもおった。ようよう向こう岸、泳ぎ着いても反乱した現地人にダーやいうおっとろしい刀で次々殺されて、服や金目のもん、なんもかも取られよった。水に濡(ぬ)れてやりこそうな死体の山ん後ろに、白い塔が見える。緬甸(ビルマ)に来てから、何遍も見た。ほの塔は、内地にはないかたちをしとって、首にかけて先細りしていっきょる浅い壺にも見える。ほの壺から壺へ、マンダレーの街道を行軍しよったときに、音吉のおる部隊と合流した。大方三年ぶりか、頬も浅黒うなっとって、えらいやつれとって、ひさしぶりにくんだら言い合った。東へ(ひがっしぇ)、東へ、抜けた山道の先で、やっとの思いでこん川にきた。川やいうより河が近いかもしれん。緑ん建物(たてもん)から渡しとう歩み板ひとつとっても、ちゃちい頼りないもんしかなかった。司令部は前線をほって、残されたもんでまとまって街道を抜けて、こん雨季で増水しとう川を渡れば味方と合流できるやいう命令のもと、決死の覚悟で泳いだ。もうなんもなかった。背嚢(はいのう)ん中の、英兵から鹵獲(ろかく)した缶詰も、もうとうに底をついとう。川岸に落ちとるジャングルレーションの缶詰は、腹を庇(かば)うようにして死んどる日本兵の落としたもんか。半分開いた蓋(ふた)から、葡萄の粒が零(こぼ)れ落ちとう。ほんな欲げに、大事儲(もう)けに持っとっても、死んだらどうしょうもないだろ。ダーで切られた五本の指は、さっきまでほの掌に付いとった。ほれはまだ動くんか、わからんけど、行き先も教えられんまま蔵本から出征して、緬甸に来たばっかりん頃、現地人の信仰の深さに驚いた。異国の地や、なんいっても、仏教が言葉んなっとった。かれらは常に沈黙しとって、戦闘の落ち着いとう頃、仲良うなって迎え入れられた、打ち損じとう釘が変色した、簡素な造りの小屋の、荒あに敷いとう敷物(しきもん)の上に並べられた、ひかるようけの仏具が、かれらのすべてだった。ほんすぐ後に、連合軍が優勢(ゆうせえ)んなるまでは、植民地として奪われた祖国を取り返してくれるやって、日本兵は手厚うに歓迎されたけんど、ほん時に教えてもらった、この地に点在しとう白い塔は、パゴダやいう、平和の象徴らしい。パゴダ、名前はよう覚えれんけど、こん地で見るたんびに、散歩の日見えんかった、眉山の稜線(りょうせん)に沈んでいっきょる太陽が、頭過(よぎ)った。

 ずっと、ここに来るずっと前の、内地の、北端の家毀(こぼ)した年は不漁やった。漁火(いさりび)やない、釣れんづくで、磯もなんもなかった。悪いんは悪いんを引き寄せるもんで、おとんが瘧にかかったんもほの年の秋口だったか。流行り病や、悪うなったら呆気(あっけ)ないもんで一瞬やった。はじめは夜中にさむいさむい言って震えとう思ったら起き抜けにごっつい熱。終(しま)いに腹通して水ような糞(くそ)しだして、手伝(てつの)うたらんと小便の滴も切れんようになった、亡(の)うなる最期のほうやむごかった。栄養あるけんて好物の和えもんや、大根(だいこ)スリ、音吉と擦って口に持っていってもほとんど食べんと食い初めも終わっとらん子ようになって、弱っていっきょううちに人相も変わって、ああ、このまま寝釈迦(しゃか)んなって死ぬんかって。ほなけんど、瘧やなる前に行った釣りで、おとんに釣ったそばから、よう研いどう包丁で落とされていく鱵の頭に、音吉が、目が合うんが怖いや言よった。なーにが怖いんで。目が合うんが怖いんよ。ほじくりだしたら怖あないよ。持ってきた弁当の箸で、おとんが怒りいきに目ん玉雑にくり抜いた。空洞になった、ほんさっきまで目だった場所が念入りに乾拭(からぶ)きされた、踏み抜かれた床板に似とる。包丁でバラバラにされた鱵の顔に向かっておとんがなんか言よるけど、よう聞こえん。素手で触った目ん玉は濡(ぬ)れとったけん、気味悪うてすぐにほった。目に焼き付いて拭いきれん場面が、浜の漁祈祷のときに見た、人形使いの足元にあった走馬燈の仕掛けと同(おんな)じように、見たかったもんも、見たあなかったもんも、全部が全部混ざっとって、忙しのうに、わけわからんままどんどん流れていっきょる。夏ん川。全員流されていく。夜ん川、叩くしぶき。対岸の茂みからこっちの様子伺いよる英兵。一瞬躊躇(ためら)って、引き鉄ん引っきょう。左肘撃たれた音吉が血みどろなって、ほのまま流されていく。折り曲げる度に腕から血汐(ちしお)が噴く。飲み込んだ水が肺に流れる。泥にまみれとう、ばら撒かれた軍票が川岸に散っとって、無事渡った、自分の足跡が残っとう。

 流されていっきょる記憶の濁流ん中に、自転車が浮かぶ。

 差してやない油の、どっきゃかしめげとる自転車が、目の前におる。何年もかけてめげてきたんや。ほう言うおとんが若い。散歩のつづき行こう。何年もかけてめげてきたんよ。仕方ないよ。もうめげごろ。うん、もう十分乗ったけん。なんて言よったか。そうや。おとんもめげかけよ。たしかに、ほう言った。おとんが珍しく笑っとう。天気になってよかった。めげごろか、たっかに、めげごろ。なんやいいひびき。もう人も機械もめげごろよ。おとんが、まだ笑っとう。

 散歩の帰りしな、炭屋を抜ける差路に当たった。こっちがいいや言う音吉に、いつもやったらせんこと、してみたあなって、ほこ左にたおれたら知らん道行けるって、逆のほう行きたいや、駄駄捏(だだこ)ねた。おとんも賛成して、ほの日はほっちの道ん行った。どくれて涙目の音吉に、また今度来たときはあっちの道行こうや慰めながら、めげた自転車押して帰んよる、おとんの肩が揺れよう。ひとみが乾く。

 視界を羽虫が横切った。夜ん川映しとる、現地人がほっていった作業灯のあかりん前を、無数の羽虫がたましいみたいにまあっとう。ほの隣に、肉片が並んどる。皮一枚で繋がった鼻と口。ほれと、刀身に唐草模様の細工や施しとうダーで、削(そ)ぎ落とされた耳。口がなんぞ喋っとう。耳がなんぞ聞っきょう。遠のいていっきょる意識のなかで、地べたに転がっとる、もう片方の、自分の眼球と目が合った。箸でほじくられた魚の目ん玉ように、ほこに転がっとる。川岸で羽休めしとる野鳥に啄(ついば)まれよう、ほの眼球は、なんを見とる。ほっからは、なんが見える。いままでなんを見てきた。これからなんを見たかった。ほっからはなんも、ほっからはなんも見えん。

あらすじ 眉山山頂にある平和記念塔パゴダに眠る戦没者の魂が語るビルマ戦線の凄惨(せいさん)な思い出がつづられる。徳島からたくさんの兵士がビルマに送られ、死の行軍や渡河を強いられた。作品では犠牲になった主人公の痛々しい鼻や口、耳、目が、幼い頃の思い出を絡めながら語る。全編を通して貫かれる阿波弁。そして、残酷な描写。兵士が死の間際に見たものとは…。

鎌田航(鳴門市)

 かまだ・こう 1992年鳴門市生まれ。本名航也(こうや)。鳴門高を経て岡山理科大卒。家業の造船業を営みながら5年前から小説を書き始めた。阿波しらさぎ文学賞は第1回から応募を続ける。趣味は読書と音楽鑑賞。ペットは黒猫のにゃん太郎。鳴門市鳴門町高島の古民家で1人暮らし。29歳。

 参考文献
・NHK「戦争証言」プロジェクト著「証言記録 兵士たちの戦争<3>」(日本放送出版協会(NHK出版、2009年)
・湯浅良幸編「阿波民俗散歩(1)」(徳島県出版文化協会、1975年)
・金沢治著「改訂阿波言葉の辞典」(小山助学館、1976年)

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