気候変動で頻繁に豪雨が降るようになり、ダムや堤防だけでは水害を防ぐのが難しくなりつつある。そこで、雨水を水田にためて浸水被害を防ぐ「田んぼダム」と呼ばれる取り組みが県内でも始まっている。「流域治水」という考え方で、水田や森林、ため池などさまざまな場所で雨水を受け止めて、被害を最小限に抑えることを目指す。広がりには住民の主体的な参加が欠かせない。

美馬・阿南で雨水ためる「田んぼダム」 台風前に排水溝せき止め

 すぐそばを吉野川が流れる美馬市美馬町沼田地区。昨年から地域の農家22戸が協力し、約14ヘクタールの水田で田んぼダムの取り組みを進めている。「台風が来ると分かったら排水溝に堰(せき)板を落として水をせき止める。すると、いつもより多く水を田んぼにためられる」。この地で代々農業を営む河野正八さん(83)はそう話す。

田んぼダムの取り組みをしている水田と河野さん=美馬市美馬町沼田

 昨年は8月と9月の台風接近時に実施し、水田の水位は通常より5~10センチ程度高くなったという。「稲が成長していないと水をためるのは難しい。この辺りなら7月以降であれば大体問題ない」と河野さん。県の呼び掛けに応じ、取り組みを始めた。

 田んぼダムに大きな設備は要らないが、高さ30センチ程度のあぜや排水溝、排水路を整備する必要がある。また、台風や豪雨の前に堰板を落とし、後で外す作業を伴う。沼田地区では事前に担当者を決め、2人1組で作業に当たっている。

大雨の前に排水溝に堰板を入れ、水田にためられる水を増やす「田んぼダム」=美馬市美馬町沼田

 田んぼダムは2002年に新潟県で始まった。排水が雨量に追い付かず、住宅や農地が浸水する内水氾濫の被害を抑えることが期待されている。西日本豪雨、熊本豪雨でそれぞれ大きな被害を受けた愛媛県西予市、熊本県も実証実験を始めている。

 徳島県内では沼田地区のほか、阿南市長生町で取り組みが進む。両地区とも小さく形が不規則な水田を区画整理するほ場整備を県が進め、あぜや排水路なども造られたことで田んぼダムの取り組みに結び付いた。沼田地区での取り組みについて県西部総合県民局の農村保全担当者は「まだ始まったばかりなので効果の検証はこれから」とした上で、「水位が10センチ上がれば単純計算で1万4千トンの水を余分にためたということになる」と説明する。

 「取り組みには農家の協力が不可欠」と担当者は言う。だが、農業の現状に目を向けると、農家は高齢化が進み、後継者不足で水田も減っている。

 沼田地区も例外ではなかった。河野さんは「若者は街へ出て行き、耕作放棄地もあった。このままでは大変なことになると思った」と振り返る。ほ場整備で330枚あった水田を90枚に整理したことで、1枚当たりの面積が広くなり、田植えもしやすくなった。今では耕作放棄地もなくなったという。

 内水氾濫による浸水被害が起きやすく、水田の面積が広い地域では田んぼダムによる効果が期待できる。取り組みを広げていくには農家の負担を軽減する仕組みとともに、水田を維持するための農業支援が必要だろう。

 

「流域治水」どう取り組む 徳島大の武藤裕則教授に聞く

 堤防の強化や河床の掘削などの河川整備を進めつつ、流域全体のさまざまな場所で雨水をためるなどして水害を防ぐ「流域治水」。私たち住民はどんな取り組みができるのだろうか。徳島大の武藤裕則教授(河川工学)に聞いた。

 ―国は2020年、流域治水という治水の在り方を打ち出しました。それをどう評価していますか。

 日本の伝統的な治水の在り方を考えると、流域治水へと変わっていくことは必然だと思います。

 降った雨水が川へ流れ込み、海へ到達する。その流れの中で、ピーク時の水量を抑えるためにゆっくりと流したり、どこかへ水を一時的にためたり、土地に浸透させたりする。この機能をわれわれが住む土地でどう維持、強化していくのかを考えるのが流域治水の考え方です。

 「降った雨をできるだけ早く海に流してしまおう」という治水は、言ってみれば明治中期から100年間ほどの考え方。江戸時代やそれ以前は、地形を見て水があふれやすい所はあふれさせ、被害が出ないようにする土地利用をしていました。もちろん、当時は築堤などの技術がなく、やむを得ずというところもあります。

 こうした伝統的な治水の方法に、現代の技術をちりばめながらやっていくのが流域治水の本質ではないかと思います。

 ―今回、田んぼダムを取材しました。水田はそれ自体に雨水をためる機能がありますよね。

 水田は水をためる構造をしています。海陽町の海部川河口の地域で研究したことがあります。低い場所に水田が広がり、それが洪水や内水氾濫による被害を一定程度防いでいることが分かりました。宅地開発や耕作放棄が進めば、水をためる機能が低下します。昔の人は利にかなった土地利用をしており、それを生かす形でこれからの街づくりも進めてほしいと思います。田んぼダムはもう一歩進んだ取り組みと言えます。

 ―田んぼダムは農家の協力が必要であり、森林を生かすなら林業家の理解が必要です。水害リスクのある地域から引っ越しを求められる人もいるでしょうし、流域治水には住民の主体的な参加が不可欠です。一方で、国が治水の在り方を変えても、気付いていない住民も多いのでは。

 一人一人が意識を変えないと究極的には成立しないのが流域治水です。一番身近な意識改革は、住んでいる所です。住まいがこのままでいいのか、と考えてみる。地形図やハザードマップで土地の高さや洪水時の浸水深を確認し、危険ならば思い切って引っ越す。いろんな事情で低い場所に住まざるを得ないのであれば、「周囲より要注意だ」という意識を持つだけでもいい。

 また、家に雨水の貯留升を造ったり、家の周りをコンクリートではなく土にして浸透させたりするのも一つの取り組みです。

 自分たちでできることは何か、と考える。「雨水を保つ機能がある水田や森林をできるだけ保全しましょう」「地域のいろんな所に水をためる仕組みを作りましょう」と話が進めば、住民の意識も高まるのではないでしょうか。

 一つ一つのことはわずかですが、ちりも積もれば山となる。そういう形でやっていくのが流域治水です。

徳島大の武藤裕則教授

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